声優道

超ベテラン声優からあなたへ、声優になるための極意を伝授します。


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大山のぶ代の声優道

26年にわたり“ドラえもん”の声を務めた大山のぶ代さん。声の仕事だけでなく女優としても数多くの作品に出演し、今では音響芸術専門学校の名誉校長として後進の育成に力を入れています。そんな大山さんが歩んできた道とは? 『ドラえもん』にまつわる秘話なども交えながら、2回に分けてお送りします。

プロフィール

大山のぶ代 おおやまのぶよ…10月16日生まれ。東京都出身。アクターズ・セブン所属。主な出演作は、アニメ『ドラえもん』(ドラえもん)、『無敵超人ザンボット3』(神勝平)、『ハリスの旋風/国松さまのお通りだい』(石田国松)、人形劇『ブーフーウー』(ブー)ほか、CMやTVドラマなど多数の作品に出演。

音響芸術専門学校

①来た仕事はなんでもやろうと思っていた

役柄にこだわらなければ、役者は一生続けていける

大山のぶ代

 私が役者になろうと思ったきっかけは、高校時代に母がなくなったことですね。これから1人で生きていくためには、なにか手に職をつけなきゃならないと思ったんです。じゃあ私になにができるだろうと考えて思いついたのが役者という仕事でした。

みなさんも知っているとおり、私の声はちょっと変わっています。小さいころは声をからかわれたりして、コンプレックスになっていたこともありました。でも母から「声が変だからといって、その弱いところをかばってばかりいたらもっと弱くなってしまう。声を出すような部活動をしなさい」といわれて、中学校では放送研究会、高校では演劇部に所属していました。最初はバカにする人もいましたが、毎日のように校内放送で話しているうちに誰もからかわなくなりました。そういう部活動を通して、演じることが楽しくなっていったんです。それに、定年退職がないし、年をとっても続けられる、役者の仕事は元気であれば一生続けられますからね。それでまずは基礎から学ぼうと思って、俳優座の養成所に入ったんです。 

養成所の入所試験も大変でしたが、入ってからはもっと大変でした。そのころの劇団俳優座養成所は養成期間が3年間だったんですけど、最初は50人いた同期生がどんどん減っていくんです。これ以上勉強しても伸びないと判断された人は、「もう辞めなさい」と肩を叩かれたんだそうです。本人がどんなに勉強したくても教えてもらえない。そうはなるまいと思って必死で頑張りました。先生は超一流の方がそろっていましたので、授業の内容もかなり高度だったんですが、とにかく必死で食いついていこうと思っていました。

喜劇を経験したことも自分の財産のひとつ

私は働きながら養成所に通っていたので、生活も苦しかったですね。父は私が演技の道に進むことに反対していたので、「役者になるなら出て行け!」といわれたんです。それで家を出たんですが、応援してくれる兄からの仕送りだけではとても生活できないので、さまざまなアルバイトをしていました。養成所の先生のお宅で、家政婦みたいなこともしましたね。朝、先生のお宅にうかがって朝食を作って、その後、洗濯をしながら台所を片づけて、掃除をして、といった仕事です。当時は今のような洗濯機はありませんでしたから、洗濯物はたらいに入れて足で踏んで洗うんです。母が生きているうちに料理や洗濯、裁縫、和服の着付けなどひと通りの家事は教わってきましたが、こんな形で役に立つとは思いもしませんでした。役者の仕事もそうなんですが、人生で覚えておいてムダになることなんて何ひとつないと思います。

私が劇団俳優座養成所にいたころに、ちょうどテレビ放送が始まりました。それまでは映画か舞台かラジオドラマしかなかったのに、テレビが始まったことで役者の仕事が飛躍的に増えていったんです。なかには「映画じゃなくちゃイヤだ」「舞台を中心に活躍したい」という人もいましたが、私は来た仕事は何でもやろうと思ってました。だから、役者の仕事の幅が増えた時期に当たったのは、運が良かったんですね。『ドラえもん』での私しか知らない人には信じられないかもしれませんが、俳優の渥美清さんやハナ肇さん、フランキー堺さん、落語家で先代の林家三平さんなどと一緒に、喜劇のようなこともやっていたんです。もちろんそれと同時に、舞台でシリアスな役をやったりもしました。ときには「あの子は新劇出身なのに、やることは喜劇人のようだ」と言われましたが、いろいろな経験を積ませてもらえたのは私にとっての財産になりましたね。
そのうちに、「あなたの声は少年の役に向いている」といわれて洋画の吹き替えをすることになったんです。そのすぐ後に人形劇『ブーフーウー』のブーの声を担当したんですが、それがきっかけになって次第に声の仕事が増えてくるようになりました。

 

藤子・F・不二雄先生から贈られたホメ言葉

大山のぶ代 『ドラえもん』に出会ったのは、声の仕事をしばらくお休みしていた時でした。『ドラえもん』の声をやってみないかというお話があったので、コミックスを買って読んだんです。表面的には子供向けのマンガという形になっていますけど、これは大人が読んでも面白いSFだと思いましたね。一晩で15冊を読み終えて、引き受けることを決心し、担当にいいました。そこから何度かテストを繰り返して、いよいよ収録に臨んだんですが、そのときのメンバーが揃ったまま、26年間も続けることになってしまいました。のび太くん役の小原乃梨子さん、しずかちゃん役の野村道子さんとは今でも親友です。

『ドラえもん』ではキャスト陣で決めたことがあるんです。小さい子供が見る作品なんだから、悪い言葉は使わないようにしようということです。ジャイアンはいじめっ子なんだけど、「バカヤロー」とか「ぶっ殺す」みたいな言葉はいいません。ドラえもんのモノマネをしてくださる方が口にする「こんにちは、ぼくドラえもんです」というセリフも、じつは私が考えました。台本では、ドラえもんの一人称は「おれ」だったんですよ。ドラえもんはいつでものび太を見守っているお母さんのような存在だし、未来から来た子守り用ねこ型ロボットなんだから乱暴な言葉は最初からインプットされていないと思ったんです。それでまず、のび太に対して「こんにちは、ぼくドラえもんです」と自己紹介をしました。勝手に変えちゃって怒られるかなと思ったんですが、演出家の方が何もいわずに任せてくださったのがうれしかったですね。

ただ、藤子・F・不二雄先生の原作コミックでは台本にあったような言葉遣いだったので、先生がどうお思いになるか不安でした。それで初めて先生にお目にかかったとき、「ドラえもんの声、いかがでしょうか?」っておそるおそる聞いてみたんです。そうしたら先生が「第1話を見ましたが、ドラえもんってああいう声をしていたんですね」とおっしゃってくださったんです。役者冥利に尽きるホメ言葉だと思いました。先生には別の声のイメージがあったのかもしれませんが、私の演じるドラえもんもドラえもんとして認めてくださったということじゃないですか。本当にうれしかったですね。

先輩から学ぼう!

声優相談室、柴田がカツ
最強声優データベース、声優名鑑

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