声優道

超ベテラン声優からあなたへ、声優になるための極意を伝授します。


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草尾毅の声優道

二枚目の成人男性から小学生男子まで、数々の作品で幅広いキャラクターを演じてきた草尾毅さん。 今でいう声優ユニットの先駆けともいうべき『N.G.FIVE』のメンバーとして、一世を風靡するほどの人気を得たことも。その陰にはどんな思いがあったのか。初めて明かされるエピソードを交えた、貴重なメッセージを見逃すな!

プロフィール

草尾毅 くさおたけし……11月20日生まれ。青二プロダクション所属。主な出演作は、『鎧伝サムライトルーパー』(真田遼)、『NG騎士ラムネ&40』(馬場ラムネ)、『ドラゴンボールZ』(トランクス)、『SLAM DUNK』(桜木花道)、『幻想魔伝 最遊記』(紅孩児)、『D・N・ANGEL』(クラッド)、『ケロロ軍曹』(ドロロ兵長)、『すもももももも 地上最強のヨメ』(虎金井天下)、『Yes!プリキュア5』(ココ/小々田コージ)、『戦国無双シリーズ』(真田幸村)、『CHUCK』(チャック)、レオナルド・ディカプリオの吹き替えほか。

青二プロダクション 公式プロフィール

①養成所ですべてを教えてくれたら、誰も苦労はしない

大学受験の失敗で、自分の将来を考え直した

平野文

僕が声優という仕事を知ったのは小学生のころです。そのころはちょうど『宇宙戦艦ヤマト』から声優ブームが起きて、いわゆる声優と呼ばれる方々が雑誌に顔を出されたりして、「子供のころに見ていたテレビまんがのあのキャラクターは、こんな人が演じていたんだ」とびっくりしてみたりといったことがありました。その後、中学のクラスメイトで隣の席になったサイトウ君が、今でいうアニメマニアだったんです。
 彼が、当時創刊されたばかりのアニメ雑誌を学校に持ってきたりして、いろいろ教わるうちにアニメに詳しくなってました。彼は非常に絵も上手くて、授業中に必死でノートをとっているのかと思ったら、マンガを描いているんですね。それを見て、「マンガってこう描くのか」と感心して僕も真似したりしてました。サイトウ君とは1年でクラスが別になり、その後はつきあいもなくなってしまうんですが、そんな経験が、僕が声優になりたいと思った原点かもしれません。

 直接的なきっかけは、大学受験ですね。高校時代の多感な草尾少年は、学級委員もやっていたりして外側は優等生だったんですが、内面は結構ねじ曲がっていて「なんで勉強をするんだろう」なんて考えていたんです。将来の目標があるなら、それに必要な分野だけ勉強すればいいのに、国語や数学など全部の教科を学んで総合点なんかで競ってみても、自分の将来にどうつながるのか分からなくなってしまったんです。そういう勉強の意義を見失ってからは一切勉強しなくなって、成績は学年でもかなり下のほうを彷徨ってました。やる気はあるんだけど何をしていいか分からなくて、エネルギーが空回りしているような高校生だったんです。
そんな感じでまったく勉強をしなかったもので、大学受験をする段になって友達と同じ大学を受けてみたんですが、見事に落ちました。そこで就職するっていう道もあったんですが、この機会に自分の将来をどうするかきちんと考えてみようと思い、1年間浪人することにしたんです。

そのときに思いついたのが「10代のメモリアルになるようなことをしたい」でした。

 

養成所に通って分かった「声優」という仕事の真実

 

 

 

  今から振り返ると、どうも僕はテレビタレントになりたかったみたいなんです。役者でもなく、お笑い芸人でもなく、クイズ番組とかでよく見るようなお茶の間の人気者。僕はいわゆるテレビっ子の世代なので、なんとなくそういうテレビに出る人になりたいなと思っていたようなんです。
ただ、テレビに出たいと思っても演劇経験があるわけでもないし、なにをどうしたらテレビに出る人になれるのかまったく分からなかったんです。それでオーディション雑誌みたいなものを買ってきたら、その中に「声優養成所」っていう項目がありました。それを見て「身体を使っての芝居ができなくても、声だけだったらイケるんじゃないか」「声優ができなければ、その先には進めないんじゃないか」なんて思ったんです。1年間アルバイトをしながらいろいろと考えました。

そのうちまた受験の季節が巡ってくるわけですが、まだ自分のなかに「声優から始めてみよう」という気持ちが残ってました。そこで改めて声優養成所の資料を見ていて、青二プロダクション付属の青二塾を見つけました。養成期間が1年間で1年後には声優になれるのかなれないのか白黒はっきりする、学費もびっくりするほど高くはない、大手プロダクション付属なので多分怪しいところではなさそうなんだけど、専門学校じゃないのでダメだったときには資格も何も残らない……そういったことをぐるぐる考えた末、清水の舞台から飛び降りるつもりで入塾試験を受けたんです。

 無事に合格通知をもらって右も左も分からないままこの世界に飛び込んだんですが、入塾して初めて生で声優さんを見て、声だけで表現するとはどういうことなのかを知りました。
最初は「声の仕事から始めて、テレビに出られるまでにのしあがってやる」くらいのことを考えていたわけですが、すみません、ナメてました。本当に失礼致しました。そこから心を入れ替えて頑張ったわけなんですが、養成所ってなにも教えてくれないんですよ。こういういいかたをすると誤解されそうですけど、あえていいます。養成所はなにも教えてくれません。学生時代のように授業を聞いて、与えられた課題をただクリアしていけば声優になれるわけじゃないんです。技術よりも「演じるとはこういうことなんだ」という精神を教えることに主眼を置いているんでしょうけれど、「演じるとは何か」「表現とは何か」なんて1年くらいで教えられたら誰も苦労しないんです。一生をかけて追求するためのきっかけとなるようなこと、そのために最低限必要なことを教えてくれるのが養成所なんです。
そこからスタートして、自分で四苦八苦しながら身につけていくしかないんですね。僕自身もそれが分かったときには愕然としました。

 

声優事務所に所属したのに、声の仕事が来ない!

草尾毅

僕は青二塾を卒業して、青二プロダクションにジュニア所属という形で3年くらい、その後2年くらい準所属を続けてから、やっと正式所属になったんです。ただ、プロダクションに所属できたからといって仕事が来るわけじゃないし、下手をすると一生バイト生活なんです。だから僕は、どこで見切りをつけようか、どこでタレントにシフトしようかと考えてました。当時はジュニア所属になってもまったく仕事が来ないのが普通で、2年目になるときに優秀な人だけ作品オーディションの話が来て、そのオーディションで制作スタッフさんの目に留まれば村人Aとかガヤで使ってもらえる、そんな時代でした。

 僕の初仕事はジュニア所属になってから2ヶ月ほど経った6月。電話をもらって指定された場所に朝6時に行ってみたら、同期のジュニア全員やほかの事務所の若手など100人くらい集まっているんです。そこからマイクロバスに乗せられて廃工場に連れて行かれて、『赤い眼鏡』というVシネマのエキストラで死体役をやりました。実際の撮影は5分くらいなんですが、朝ご飯のおにぎりが出て、お昼ご飯のお弁当が出て、出番が来たのは夕方でした。ガレキとか折れ釘とかがあって、こんなところにうっかり寝そべったらケガしそうっていう状況で「みなさん死体ですから絶対に動かないでください」といわれて5分間。翌日も同じ現場で、今度は死体になる直前のシーン。それが僕の初仕事でした。

 その後にもらったのが、着ぐるみ人形劇団こぐま座さんのお仕事でした。同期のジュニアと5~6人で行ったんですが、劇団員さんから手ぬぐいの巻きかた、着ぐるみの着かた、使った後の片づけかたを教わり、録音されたテープに合わせてのフリの稽古をして、翌日から各地の幼稚園にマイクロバスで乗り付けてショーを見せるという仕事が始まりました。僕が最初に入ったのは鹿の後ろ足だったんですが、周囲も見えない真っ暗ななかで前足の人にしがみついて歩くというハードなものでした。次にもらった役が『ヘンゼルとグレーテル』の馬の後ろ足なんですが、劇の途中でグレーテルが馬に乗るんです。ずっしりとした重みに「あ、上に乗るんだ」とか思いながら頑張りました。そこから、遊園地のマスコットキャラクターとかショーのメインキャラクターのお友達とか、いろいろな着ぐるみの経験を積んで、ついには司会のお兄さん役にまで登り詰めましたよ。温泉施設の大広間でショーをやったときは、幕が開いてみたらお客さんが誰もいないんです。どうするんだ?と思ったんですがなんとなく始まってしまったので、そのまま予定通りに続けていたんです。途中で大広間に家族連れが入ってこようとしたんですが、どうも芝居の練習中のように見えたのか、すぐに出て行っちゃったんです。それで最後まで誰ひとり見てないところでショーをやりました。本当に経験値が上がりましたね。暑いしハードなお仕事だったんですが、楽しかったし、すごくいい勉強をさせてもらったと今では感謝しています。

 着ぐるみの仕事では、テレビ東京系で放映していた『タックス君の税Q&A』という5分番組で、タックス君というロボットの中にも入りました。ところがそのロボットは着ぐるみのプロが作ったわけではなく、遊園地の乗り物などを作る素材を扱っている業者が作ったので、ものすごく頑丈で総重量が20キロ以上あるんです。しかもテレビ東京さんもそういう番組を作るのが初めてだったので、撮影チームも何をどうしていいか分からない状態。なので、タックス君の動きも全部僕が考えて「こっちから画面に入ってきて、こう動きますね」みたいに演じていました。2時間くらい飲まず食わずで中に入っていて、死にそうになったこともありましたね。どこかのアニメじゃないですけど、今でも「僕が一番上手くタックス君を動かせるんだ」くらいに思っています(笑)。
そんな生活を1年ほど続けながら、「声の事務所に入ったはずなのに、いつまで着ぐるみの仕事を続けるんだろう」と思っていました。

先輩から学ぼう!

声優相談室、柴田がカツ
最強声優データベース、声優名鑑

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