声優道

超ベテラン声優からあなたへ、声優になるための極意を伝授します。


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竹内順子の声優道

うずまきナルトを代表とするさまざまな少年役のほか、かわいい少女や動物など幅広い役柄をこなす演技力で、男女問わずファンの多い竹内順子さん。 人気声優としての顔と同時に、舞台女優としての一面ももっているが、そのバランスの重心は一体どこにあるのか。 幼いころから現在までのさまざまなエピソードを通して、その声優道が浮かび上がってきます。

プロフィール

竹内順子 たけうちじゅんこ……4月5日生まれ。尾木プロ THE NEXT所属。主な出演作は『NARUTO-ナルト-』(うずまきナルト)、『イナズマイレブン』(円堂守)、『Yes!プリキュア5』(夏木りん/キュアルージュ)、『家庭教師ヒットマンREBORN!』(ランボ)、『おねがいマイメロディ』(クロミ)、『HUNTER×HUNTER』(ゴン=フリークス)、『デジモンフロンティア』(神原拓也)、『デジモンアドベンチャー』(ゴマモン)、『夢のクレヨン王国』(ストンストン)ほか。

①演劇の授業をサボって演劇をしていた大学時代

 踊りで表現するよりも、話したほうが早いと思った

 

 小さいころは、1日1回は必ず泣いている子供でした。私は3人兄妹の末っ子で、3つ上と6つ上の兄がいるんです。兄としては遊んでくれているつもりだったんでしょうけれど、性別も年令も違うし、体力的にも能力的にもまったくかなわないじゃないですか。サッカーやバドミントンをしては失敗して怒られて泣き、カードゲームをやってもルールを間違えて怒られて泣いてました。泣くことで助けを求めるんですが、誰も助けてくれない(笑)。泣くのが当たり前になりすぎていて、親も気にしてくれませんでした。べつに、兄から虐められていたわけじゃないんですよ。私がおたふく風邪にかかったときには、兄が少ないお小遣いの中からお見舞いとしてすごく大きい飴玉を買ってきてくれたんです。でもおたふく風邪で口が開かなかったので、飴玉をビニール袋に入れてトンカチで砕いてくれました(笑)。

   女の子って小さいころから、歌手になりたいとかキャビンアテンダントになりたいとか、そういう変身願望があるじゃないですか。私もそうだったんですけど、末っ子で兄達からバカにされることも多々あったので、少しでも可能性のあることしか口にしたくなかったんです。そんな私がどうして演技の道に進みたいと思うようになったのかというと、きっかけは高校時代に演劇部に入ったことです。
私は3歳のころからクラシックバレエを習っていたんですが、わりと早い時期に自分の可能性というか「このまま習っていても、上には行けない」ということが解っちゃったんです。そのせいもあって、発表会のたびに「伝えたいことがあるなら、踊りだけで表現するより、口でしゃべった方が早いんじゃないか」と思っていたんです。それで中学生くらいのときからお芝居に興味を持つようになりました。
高校で演劇部に入ったといっても、それほど熱心に活動していたわけではなく、お茶のみクラブのような雰囲気でした。男女共学にも関わらず部員は女子が4~5人いるだけだったんですが、遊べる場所ができたということがうれしかったですね。発声や滑舌といった訓練も、初めて経験することって全部楽しいじゃないですか。しかも、いきなり「これをしようよ!」みたいに話が盛り上がって活動を始めることもあって、演劇って楽しいなと思うようになったんです。

  高校卒業後の進路を決めるときになって、将来は役者になれたらとは思ったんですが、人はなにかしら保証がほしいじゃないですか。両親はできれば大学に進学してほしい、演劇の専門学校に行きたいなら自分のお金でいけといっていたし、高校の先生にしろ演劇みたいな不確実な進路を薦めるわけもないし、誰も後押しはしてくれないんだなと痛感しました。それで折衷案として、日本大学芸術学部の演劇学科に進学したんです。それでも結果として、大学はほとんど通わずに1年くらいで辞めることになっちゃうんですけどね(笑)。



親には「自分の食い扶持くらい、自分で稼げ」といわれた

 

大学ではもちろん一般教養科目の授業もありますし、演技の稽古といってもすぐにお芝居をさせてくれたわけでもありません。例えばレオタードを着てダンスをするとか、動物園に行って動物の動きをトレースするアニマル・エクササイズとか、なんのためにやるのかよく解らなくて、内心「バカみたい」と思ってました。演技をするためには一般的な羞恥心を取り払わないといけないんだけど、そのころの私はまだ羞恥心に凝り固まっていたので、とてもじゃないけどできなかったんです。もちろん一般教養の授業なんて興味がないから出席したくないし、あっという間に大学に行かなくなってしまったんです。
じゃあ大学をさぼって何をしていたのかというと、これが不思議なことに演劇なんですよ(笑)。大学に入ってすぐに学科の合宿があって、お互いに交流を深めたり、チームを作ってお芝居をしたりするんです。そのお芝居の発表でどういうわけか私が目立っていたらしく、大学の先輩方や卒業生の方が学外で芝居の公演を打つ際に「変なやつがいるから声をかけてみよう」みたいな感じで呼ばれるようになりました。

 

  それでいろいろな舞台に出演していたんですが、そのうちに親もおかしいと思ったんでしょうね。私が大学の授業にほとんどに行っていないことが解ると、「じゃあ学費ももったいないし、辞めれば?」といってくれたんです。それで2年になってすぐに辞めました。
ただ、これは声優になるときにもいわれたことなんですが、親からは「自分の食い扶持くらい、自分で稼げ」といわれました。演劇なんて儲かるどころか、普通に考えれば赤字にしかなりませんからね。いろいろなアルバイトもしましたが、お金がなくて家から出られないなんてこともありました。それでも私は実家暮らしだったこともあって、それほど危機感を感じていなかったんです。だからこそ問題だったわけで、よく「いい加減にしろ!」みたいに怒られてました(笑)。

 それから劇団に所属することになるんですが、ここでもじつはお金の問題が絡んでいるんですよ。ある劇団の舞台に客演させてもらったときに、「次の公演も出てみない?」のように誘われて、面白かったので出演し続けているうちに年に5~6回も客演するようになっていたんです。そのころには貯金もなくなり、チケットの持ち分が払えなくて劇団に対する借金みたいな形になっていたので、「いっそのこと、うちの劇団員にならない?」と声をかけられたときには「はい」としか答えられませんでした。それが今も所属している劇団BQ MAPです(笑)。

 こういうと嫌々所属したみたいに思われそうですが、劇団の方針というか主宰のやりかたが私に合っていたんです。私は縛られるのが嫌いなので、あまり細かく演出指導をされると嫌になっちゃうんですが、劇団BQ MAPの主宰はそういうタイプではありませんでした。いくら役者が「今いわれたことがよく解らないので、待ってください。本番までにはどうにかします」といったところで、普通は信じないじゃないですか。でも主宰は「よし。待つ」といって本当にギリギリまで待ってくれるので、こちらもなにがなんでも突き詰めなくちゃと思えるし、自分が悩んで出した答えだったら自信もつきますよね。そういうやりかたが私の性に合っていたこともあって、今でも私にとって大切な居場所のひとつになっています。

 

 

先輩から学ぼう!

声優相談室、柴田がカツ
最強声優データベース、声優名鑑

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