声優道

超ベテラン声優からあなたへ、声優になるための極意を伝授します。


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國府田マリ子の声優道

声優、歌手、ラジオパーソナリティとして、活躍し続けているマリ姉こと國府田マリ子さん。厳しいレッスンに涙を流した青二塾時代、そして試行錯誤の連続だった新人時代。それは現在の華やかなイメージからは想像できない、極めて地道な道のりだった。長きにわたり第一線で活躍してこられた秘訣は、「この仕事を愛するパワー」と「ファンの人たちの支え」だという。そして若い君たちへ、自分の夢を信じて突き進むことの大切さを教えてくれた。

プロフィール

國府田マリ子 こうだまりこ……9月5日生まれ。埼玉県出身。青二プロダクション所属(青二塾東京校卒業生)。アニメ『きんぎょ注意報!』の朱子役でデビューし、その後『GS美神』のおキヌ役、『ママレード・ボーイ』の小石川光希役などで大ブレイク。多数のアニメ、ゲームのキャラクターを演じる。また、声優だけでなく、歌手活動やラジオパーソナリティなど幅広いジャンルで活躍しているほか、最近では自身が出演するライブイベントも手掛ける。

青二プロダクション 公式プロフィール

①役者を志し、親を説得して名門・青二塾へ―

 役者を志し、親を説得して名門・青二塾へ――

 『声優グランプリweb』をご覧の皆さん、いかがお過ごしでしょうか。國府田マリ子です。 私が声優を目指したのは、高校を卒業して1年ほど経ったころです。最初は行きたい大学があって1年浪人して勉強していたのですが、本番の試験がうまくいかなくて。それで大学進学をあきらめて、「これからどうしよう?」としばらく悩んでいました。私は本が大好きでたくさん読んでいたためか、どうも頭が理屈っぽくなって、「ああ、いま自分は何のために生きているんだろ。。。?」とか、考えちゃって……。でもある瞬間、「自分にしかできないことをやりたい」突然勇気がもどってきました(笑)。その時、初めて「役者になろう」と思いました。他の人では代わりのきかない仕事をしたいと思ったのです。今思えばすべてのお仕事が、「その人にしか出来ない仕事」、でもそのときの私には役者しか思いつかなかった。18でしたから。

 いざ役者になると決心してまず問題になったのは、「親をどうやって説得するか」ということ。今は応援してくれるふたりですが、両親とも教師で、当時、とってもおかたい家庭だったんです(笑)。だから「役者になりたい」なんてなかなか言い出せない。いろいろ本を読んでも参考になることは書いてない。「どうしよう?」と悩んでいた時に、高校時代の友達が読んでいたアニメ雑誌を何気なくパラパラめくっていたら、「選ぶなら名門・青二塾」という広告が、たまたま目に入ったんです。「名門……!? この言葉にうちの両親は弱いぞ!」。(笑)。親からしてみたら、「生きる目的を見失っていた娘が初めて自分でやりたいと言い出したことだから、受けるくらいはいいだろう。どうせ落ちて帰ってくるから」くらいの気持ちだったと思います。そうしたら、意外にも書類選考を通過、吉祥寺にある養成所で試験を受けることになりました。

 私が受けたのは2次募集だったので、もう新年度の4月に入っていました。私が試験を受けに養成所に行くと、発声練習している声が聞こえてきました。井の頭公園で一歩踏み出せず、じっとしていたら、一緒についてきてくれた友人ふたりが、「行っておいでよ。自分で決めたんでしょ。待っててあげるから」と言葉をくれました。ふたりとはいまでも仲良し。とても感謝しています。

 

「正解もない、点数も出ない。そんな役者の世界に入って……

 こうして無事、青二塾に入ったわたしですが、レッスンは本当に厳しかった・・・と、思う。今思えば、ぜんぜん厳しくなくて、とてつもなく愛情あふれる日々でした。でも、あの時はできないことを教わりに行っているのにガンガン怒鳴られて、もう精神的にぼろぼろ。お金もないし、お腹も空いてくるし、眠いし、生活費のためのバイトもあって。。とにかくいつも眠くて、空腹。毎日養成所で学んで、出来なくて怒られて、自分に腹が立って、帰り道はだいたい、泣きながら帰ってました。でも朝になると希望いっぱい、夢いっぱい。朝の気持ちいい光の中「わーっ!」って笑いながら井の頭公園を走っていました。夢のパワーって、すごいなーとあらためて思います 。 

 学生時代までは、勉強しただけの結果をテストで出すことができます。でも。役者の世界では点数がない。何の手応えもないんです。不安でいっぱいになりました。正解もなければ、今までみたいに、通信簿がよくて、ほめられることもない。それまで「定規の1センチは1ミリが10個」と決まっている常識世界の中で育ってきた自分が、“定規がない”無限の役者の世界に入った。でもそのときの私にはそれがなかなか理解できなくて不安でいっぱいでした。「この未来の見えない中で、毎日ここに通っていていいのかな。。」と疑問と不安と苛立ちを仲間たちと話したりしていました。

 青二塾の塾長先生には本当によく怒られました。(笑)というより、塾長先生の笑った顔なんて、卒業するまで見たことがなかったかも、っていうくらい。いまならわかる!それは愛情からされていたことだって。プロになった今はいつも見守ってくれる、はてしなくやさしい先生です。だから、塾長が今の塾生たちに厳しく接している姿を見ると「ああ、塾長先生てば。みんなー!これは先生の愛情表現なんだよー」って教えちゃいたくなります。教えないけど(笑)。今ここで厳しくされないと、いざ巣立って外の現場に出た時にはいつもそばにいて守ってなんてあげられない。だから、プロとしてやっていけるように厳しく接して教えている、いろんなことを。巣立ったからこそ、今は塾長先生の気持ちもが少しだけわかる気がします。「青二塾って、なんて守られた温かい世界だったんだろう!」と思います。それに気づくまでに20年以上かかりました(笑)。

 いざ外の現場に出てみたら、演出家の方にもよりますけど、最初にこてんぱんにされて、ゼロから、一から、役作りに取り組むケースもあるのです。まず、否定されることから入るのは、とても辛いです。でも、それを乗り越えて自分のものにしていかないとこの世界では生きていけないと思います。あ、でも、私はけっこう打たれ弱いです(笑)。すぐしょんぼりしちゃいます。そんなときはく共演者の方に「おねがい、頭なでて。立ち直れないよ~!」って甘えてます(笑)。

 

先輩から学ぼう!

声優相談室、柴田がカツ
最強声優データベース、声優名鑑

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