声優道

超ベテラン声優からあなたへ、声優になるための極意を伝授します。


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水田わさびの声優道

国民的アニメ『ドラえもん』のドラえもん役をはじめ、アニメ、洋画、ナレーション、舞台など幅広いジャンルで活躍中の水田わさびさん。水田さんがこれまで歩んできた声優道を、全3回のトークでお届けします。

プロフィール

水田わさび みずたわさび・・・8月4日、三重県生まれ。青二プロダクション所属。高校卒業後に劇団すごろくに所属し、舞台女優として活躍。96年より声優の仕事を始め、05年にアニメ『ドラえもん』のドラえもん役に抜擢される。他の出演作に『こてんこてんこ』(ねこうもり)、『忍たま乱太郎』(福富カメ子)、『わたしンち』(川島)、『Yes,プリキュア5 Go Go!』(メルポ)などがある。

①役者デビューは先輩の代役だった!

『ドラゴンボール』の野沢雅子にあこがれて声優を志す

mizuta1-1 初めて声優にあこがれたのは中学3年生のとき。ちょうど『ドラゴンボール』が流行っていた頃でした。私はあまりアニメを観なかったんですけど、唯一『ドラゴンボール』は、部活から帰ってきて塾に行く前にご飯を食べながら観ていて、すごく好きだったんです。あるとき友達から野沢雅子さんの写真を見せられて「この人が悟空の声をやってるの!? 男の子じゃないんだ!」と衝撃を受け、そこから「こんなに素敵な職業があるんだ!!」と一気に声優に目覚めました。中学時代の文集にも「野沢雅子さんが大好き!!」と書いていた覚えがあります。

 高校を卒業したら「上京して声優を目指そう」と考えていました。親からは上京するのを反対されましたが、横浜に住んでいた叔父が「僕が近くにいるから、大丈夫だよ」と助け舟を出してくれました。それがなかったら上京は厳しかったと思います。結局、「4年の間に何もつかめなかったら諦める」と親と約束して上京することになりました。

 上京した私は、緒方賢一さん、キートン山田さんらがいらした劇団すごろくに入団しました。オーディションは特になかったです。私が劇団すごろくの芝居を観に行って、その芝居の打ち上げの居酒屋が面接みたいなものでしたね(笑)。そこではいろんなことを聞かれました。まず「今日の芝居はどうだった?」から始まって、「アルバイトは何してる? 劇団に入ったら維持費は払えるの? 大道具、衣装など裏方の仕事は何ができる? 歌は好きなの? 着物は着られるの?」とか。そんな“面接”をクリアして、最初は裏方のスタッフとして働くことになりました。

先輩の代役で役者デビュー!! 芝居の楽しさに目覚める

 劇団に入ってしばらくは裏方をやっていましたが、ある事情で役を降板した先輩の代役で、突然役者デビューすることになりました。女郎の役だったんですけど、色が白かったことと、「この子は毎日来ているから、役者の動きがわかるんじゃないの?」と思ってもらえたのかもしれません。ただ、このことがなかったらずっと裏方だったかもしれないので、今思うと大きな転機でした。

 バタバタと初舞台が決まって、本番までの時間も少なかったので、「とにかくやらなきゃ」という感じで稽古に入りました。女郎の役ですから、(相手役の人に)胸元に手を入れられたりするシーンもあったんですね。当時まだ20歳くらいでしたから、稽古のときはすごく恥ずかしくて「ヤダな~」って思っていました。でも本番の舞台に上がって照明を浴びると、まったく恥ずかしさがなくなって、「楽しい!!」って思えたんです。「一つの役を演じるって、こんなに気持ち良いことなんだ」って。不思議ですよね~。そのうちスタッフさんたちから「お前、胸、見えちゃうぞ!!」って注意されるくらい(笑)、どんどん大胆に演じるようになっていました。

 初舞台で芝居の楽しさを知った私は、その後も裏方をやりつつ役者として舞台に立つようになりました。自分の劇団だけじゃなく、よその劇団の仕込みを手伝いに行って、その劇団の芝居をタダで見せてもらったりもしていました。「毎日のようにタダで芝居を見られて、ラッキー!!」って(笑)。その頃は芝居が面白くて、どんどん芝居にのめりこんでいきました。

たてかべ和也に見出され、あこがれの声優業界へ

mizuta1-2  声優の仕事をやるようになったのも、舞台がきっかけでした。劇団の舞台に立っていたときに、たまたま客席にたてかべ和也さんがいらっしゃって、私に声をかけてくださったんです。私はそのとき、顔を茶色に塗って馬の役をやっていたので、最初は名前も覚えてもらえず、「馬」って呼ばれていました。飲み会の席でも「馬、酒注げ」って(笑)。あるとき「太った男の子役のオーディションがあるから、受けてみない?」と言われてアニメのオーディションを受けたんですが、それが初めての声の仕事でした。1996年のことです。

 声の仕事なんてまったく知らなかったですから、最初は戸惑いました。舞台と違って音を立てちゃいけないし、マイクのどこに立って、台本をどう持ってやればいいのか、何もわからなかった。運よく緒方賢一さんと同じ現場だったので、「こうすればいいから」って全部教えてもらいました。私は本当に現場に恵まれていて、先輩方から教えてもらいながら一つひとつ仕事を覚えていきました。声優さんの養成所に行けなかったけど、その分、現場で先輩方から直接教わることができたのはラッキーだったと思います。

 現場が終わって飲みに連れて行ってもらったときも、「わさちゃんは(支払いは)いいから」と、先輩方からよくおごっていただきました。あるとき、長尺の外画のお仕事があって、共演の皆さんと張り切ってお昼ご飯を食べに行ったはいいけど、財布を開けたらほとんどお金がなかったことがありました。「やばい! なんでご飯食べに来ちゃったんだろう?」と焦りましたが、そのときも「いいよ。今日はみんなで水田さんの分、払おう」って先輩方にお世話になりました。皆さん、すごく良い方ばかりで、私にとって怖い先輩はまったくいなかった。「声優業界って、なんて温かいんだ」って思いましたね。

先輩から学ぼう!

声優相談室、柴田がカツ
最強声優データベース、声優名鑑

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