声優道

超ベテラン声優からあなたへ、声優になるための極意を伝授します。


_DSC7435_8

若本規夫の声優道

アニメ、CM、外画吹替え、さらに『人志松本のすべらない話』など独特の節回しによるナレーションでも知られる若本規夫さん。警視庁、日本消費者連盟を経て声優に転じたという異色の経歴の持ち主(!?)でもある若本さんの声優道を、全3回のトークでお届けします。

プロフィール

若本規夫 わかもとのりお・・・10月18日、山口県生まれ。シグマ・セブン所属。主な出演作は、アニメ『サザエさん』(アナゴ)、『トップをねらえ!』(オオタ・コウイチロウ)、『銀河英雄伝説』(オスカー・フォン・ロイエンタール)『うたのプリンスさま』(シャイニング早乙女)、ナレーション『人志松本のすべらない話』『嵐にしやがれ』『有吉弘行のダレトク』ほか多数。

①他と比較する必要はない、自分のなかのトップをねらえば良いんだ

新聞で見つけた全国規模のオーディションに挑戦!! 

_DSC7358_8

 もともと僕は、「声優になりたい」と思ってなったわけじゃない・・・。大学卒業後に、二つほど“お堅い仕事”をしていたんだけど、「こういう組織の中に組み込まれた仕事は性格的に合わないな~と。自分の力でやっていけるような仕事はないかな」と思ってね。そんなときに、新聞の社会面のど真ん中に「黒沢良アテレコ教室創立」っていう記事を見つけたんだ。 

黒沢良さんと言えば、当時ゲイリー・クーパーの吹替えやCMの仕事をたくさんやられていた、声優界の大御所だった。その頃は100人か150人くらいの声優さんで声の仕事を回していた世界だった・・・。業界全体が「そろそろ新しい血を入れないと・・」と思った時期なんだろうね。でも新聞の社会面にそういう記事が出るのは衝撃だった。 

その記事を見て、受験料を払って、当日オーディション会場に行ってみたんだ。そこには全国からたくさんの若い人たちが来ていて、朝から審査が行われていた。僕が25歳のときで、周りは自分よりも若い子ばかりだった。僕は午後2時頃に行ったんだけど、「何人くらい採るのかな?」って聞いたら「20人」って言うじゃない。僕の受験番号が380番台・・・だったかな。「これは、一体何なんだ?」と思って、もう受けるのをやめようかとも思ったんだけど、5,000円の受験料を払ったからね、受けるだけ受けてみようと。 

自分の順番が来て、原稿を渡されて「読んでください」って。何が何だか分からないけど、とにかく元気のいい声で読んだんだ。棒読みだったけどね。他のみんなは上手いのなんの! 劇団に入っているような人たちだったのかな。その後、質疑応答があって、審査員の真ん中にいる、五十がらみの髪の薄い人が僕のことをしきりに聞いてきた。「この学校は月・水・金の昼間ですけど、来られますか?」って言うから、「受かったら、行きます」って答えてオーディションは終わったんだ。 

てっきりダメだったろうと諦めていたら、10日後くらいに合格通知が届いたんだ。そして、最初のレッスンのとき、審査員だった“髪の薄い人”がニコニコと入ってきて「中野寛治です」って。後から知ったんだけど東北新社のメインディレクターだったこの中野さんのお陰で、ギリギリ合格になったんだよね。 

力量さえあれば、声優は“一人でやれる仕事”

 こんな経緯で、黒沢良さんのアテレコ教室へ1年通うことになったんだ。その頃は声優が少なかったから、養成所に通っている間から少しずつ仕事をもらえたりしてね。新人はギャラも安くてすむから、使いやすかったんだろうね。あの当時のギャラは30分番組で3,000円、60分番組で3,600円。長尺で4,800円・・・そんな感じだった・・・。今じゃ考えられない話だよね。他の人がいくらもらっていたか知らないけど、先輩方もそんなにもらってなかったんじゃないかな。

_DSC7409_8

その頃の仕事というのは、ほとんど外画の吹替えだった。アニメーションはほとんどなくて・・・、『サザエさん』や『鉄人28号』ぐらいだったと思う。ちょうど僕がプロになって2~3年した頃に『勇者ライディーン』という新番組が始まって、神谷明さんが主役でドンっと出てね。そのあたりからバ~ッとアニメ番組が出揃ってきたのかな・・・。

新人時代の僕は全然演技というものが分からなくて、ディレクターから見ればトンチンカンな芝居だったと思う。当然、いろいろダメ出しをされ続けたよ。そういう意味では苦労もしたかな。でも声優という仕事は“独りでやれる”“誰かとつるまなくてもいい”というのが良かったね。つまりマイクの前で自分の技量が上がってゆけば、自分の力でのし上がっていける。俳優はそういうわけにはいかない・・・。そういう意味では歌手に似ているかな。稀有な仕事じゃないかなと思うよ。僕がやろうと決めていた、“一人でやれる仕事”そのものだったんだ。

これを読んでいる人の中には、「そんなことないでしょ」と思う人もいるかもしれないね。現場には他の役者さんもディレクターもいて、その中でやるわけだから。でも声優はね、他の人の存在は気にしなくて良いんだよ。他と比較する必要もない・・・自分のなかのトップをねらえば良いんだ。声優ならそれができるって直感したんだよね。今の僕は好きなようにやらせてもらっている。特にナレーションなんかはハッキリそれが出てる。

もちろん、ディレクションはきちんと聞くし、“最初と最後に挨拶をする”という礼儀はきちんとわきまえなきゃダメだよ。でも(仕事は)自分流にやっていい。これが最大の面白さであり魅力でもあるんだ。仕事に行くときは本当にフリーだよ。一人で行って、“どうしてほしいのか?”という注文を聞きながら「じゃあ、こうしようか。ああしようか」ってやってみる。そうすると、アニメでもナレーションでも自由自在に自分を打ち出していくことができるんだ。でもいくら勝手にやれると言っても声優としての力がないとできないことだよ。力量がない人が自分勝手にやったら、一発でアウトだからね。でも声優としての身体レベルが段々と上がってくれば、そういう“やりとり”ができてくるんだよ。力量がつくまでには、やっぱり10年、20年はかかる・・いや、30年かな? それくらいやれば、キャパシティが広がって自分流を出していけるようになるんだ。

始めて10年くらいの頃に「声優は実に奥行きの深い仕事なんだな」ってつくづく思った。でも、その頃の自分はまだ技量が足りなくて、制作陣のリクエストに応えられていなかったんだ。それは自分でも一番腹立たしかったし、力量不足の自分自身に悔しい想いをした。今はほぼ百発百中でスタジオから満足して出ていけるね。特にナレーションの仕事なんかは・・・。それは制作スタッフの顔色を見ていれば分かる。皆さんエレベーターまでずら~っと並んで見送ってくれるからね(笑)。

 

先輩から学ぼう!

声優相談室、柴田がカツ
最強声優データベース、声優名鑑

ページの先頭へ戻る