声優道

超ベテラン声優からあなたへ、声優になるための極意を伝授します。


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森山周一郎の声優道

もともとは舞台出身の俳優だったが、その渋い声質を買われて20代の頃から声優としても活躍。悪役のほか、ジャン・ギャバン、チャールズ・ブロンソンといったハードボイルドな二枚目俳優の吹き替えも多く担当した森山周一郎さん。中でも、ドラマ『刑事コジャック』やアニメ『紅の豚』はアタリ役となった。そんな森山さんが歩んできた声優道を、全2回のトークでお届けします。

プロフィール

森山周一郎 もりやましゅういちろう・・・昭和9年7月26日、愛知県生まれ。オフィス森山所属。主な出演作は、ドラマ『刑事コジャック』(コジャック)、アニメ『紅の豚』(ポルコ・ロッソ)のほか、ジャン・ギャバン、スペンサー・トレイシー、テリー・サバラス、チャールズ・ブロンソン、リノ・ヴァンチュラの吹き替えや『マンダム』『ネスカフェ』などCMナレーションも多数手がけている。また声優養成学校・森山塾で後進の育成にも力を入れている。

①劇団東芸の芝居を観て「俺のやりたい芝居はこれだ!」と

劇団東芸の芝居を観て「俺のやりたい芝居はこれだ!」と

私がこの世界に入ったのは、まあ、アクシデントだね。俳優になろうと思っていたわけじゃなくて、テレビ向のカメラマンを目指していたんだよ。ただ、カメラマンの学校を出ても、18歳くらいの小僧にはカメラなんて触らせてもらえない。ケーブルをさばいたりするだけのアシスタントしかやらせてもらえないから、面白くもなんともない。撮る方をやるのなら、撮られる方を勉強しても間違いはないんじゃないか、と思って役者の勉強を始めたんだ。

 誘われて芝居を観に行ったのが、劇団東芸だった。その日の演目の『蟻の街の奇蹟』を観て「俺のやりたい芝居はこれだ!」って、いたく感動した。大体、その頃の劇団は洋モノが多くてね。足の短い日本人が金髪のかつらを被ってやる芝居には疑問を感じていたんだ。その点、東芸は違ったんだよ。だから、パンフレットに小さく「劇団員募集」と書いてあるのを見て、すぐに神田の淡路町にある劇団に行った。私が行ったのは4月だったんだけど、10月にならないと始まらないって話だった。でも、なぜか「すぐに入れ」って言うの。結局、大道具をやってくれる人手がほしかったらしいんだ。それで1期の研究生の誰よりも早く、そこからスタートすることになった。

正式スタートが10月だったから、みんなより半年先輩なわけよ。研究生の年齢はまちまちで、上は30歳くらいの人もいたけど、18歳は私だけ。18歳の私の方が先輩。この世界は年齢じゃなく早く入った方が先輩だからね。面白い世界だって思ったな。 学生時代にやっていた野球に助けられた

劇団東芸では、本公演と中公演があって、研究生の小さな公演が2つ、と年に4回芝居を打つんだけど、劇場がなかなかとれないんだよ。あの頃、劇場は取り合いだったんだ。だから劇場を押さえてから台本を決めるような状況だった。そんな感じだから、固定給を払える劇団なんてほとんどなかった。大抵は、切符を売らないと給料をもらえないし、いっぱい売れるヤツがいい役をもらえるっていう世界だった。私はいっぱい切符を売っていたから、だんだん役も良くなった。それでも芝居だけじゃ食えないから別の仕事もしたよ。

18歳から5年間、正社員で働いていたこともあるんだ。知り合いの燃料販売の会社で営業をやっていたんだけど、融通を聞かせてもらってね。テレビとか芝居の稽古のときは休めるようにしてもらっていたんだ。要領良いから営業成績も良かったしね。その頃はテレビにも出ていたから「いつもの、テレビ出ている人に来てほしい」なんていう指名もあった。でもあの頃は、「とにかく早く芝居だけで食えるようになりたい」って、そればかり考えていたな。

テレビの仕事をやるようになってからは、学生時代に野球をやっていたことに随分助けられたな。私は高3のとき、プロ野球のトライアウトにも受かっているの。だけど、プロとアマのレベルの違いを実感してね。「2軍で3年間耐えられるか?」って聞かれて「はい」とは言えなくて、野球の道には進まなかったんだ。でも野球が上手いってことで、役者の方で随分使ってもらっていた。その頃の娯楽と言えば野球だったからね。野球が好きな方たちとの縁で仕事をさせてもらっていたんだ。

臨場感のある芝居をして『刑事コジャック』のオファーが

_DSC4131_thumb 声の仕事で言うと、私の場合はラジオドラマから始まっているからね。昔はNHKなんて、1時間のラジオドラマを生放送でやっていたんだよ。今じゃ考えられないよね。声優って言うと、勘違いして、口だけで芝居する人がいるけどさ。ラジオドラマでも、アニメでも、やっぱり芝居は体を動かしてやらないと。声だけで芝居なんてできないよ。

私が洋画の吹き替えで演じたジャン・ギャバン(※1)で言うとね、彼の作品には食事のシーンが多いんだけど、実際に何かを口に入れてしゃべらないと臨場感なんて出ない。だから食べたり飲んだり・・画面の中で彼が煙草をくわえれば俺もくわえるし。画面を見ながら実際の演技をするんだ。こうやって実際に画面と同じ芝居をするのは、私だけじゃなく、先輩方がやってきたことなんだよ。

『刑事コジャック』(※2)のときは、私がリアルに芝居をする人ってことで声が掛かったんだ。パイロット版では大平透さんがやっていたんだけど、大平さんは“アテレコ”の人だから。その少し前、私はジャン・ギャバンの吹き替えで評価されていたんだけど、ジャン・ギャバンが亡くなったときに“森山も終わり”って言われたんだよ。でも『レッドサン』でチャールズ・ブロンソンの吹き替えの仕事が来てね。俺の声じゃきれいすぎるって言われていたのを煙草を吸って声をガラガラにしてやったら、“ブロンソンで見事に復活”って言われたんだ。

そんなことがあって、コジャックをやることになったんだ。コジャックの吹き替えをする人は世界中にいるんだけど、Newsweekの記事で写真入りで“日本のコジャックがNO1!”と紹介されて、コジャックを演じたテリー・サバラスからは「日本でコジャックを有名にしてくれてありがとう」と言われたときはうれしかった。私にとって思い入れの深い作品になっているよ。

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※1・・・ジャン・ギャバン(Jean Gabin、1904年5月17日 - 1976年11月15日)は、フランスの映画俳優。フランス映画を代表する名優で、深みのある演技と渋い容貌で絶大な人気を得た。中でも食事をする芝居が上手く、日本の映画俳優である高倉健はギャバンを好きな俳優に挙げており、食事の芝居はギャバンを見て勉強したと語っている。

※2・・・『刑事コジャック』(けいじこじゃっく、原題:KOJAK)は、テリー・サバラス主演で1973年から1978年までアメリカ・CBSテレビで放映された人気刑事ドラマ。日本では1975年から1979年までTBS系列で放映され、『刑事コロンボ』と人気を二分するほどだった。手塚治虫の『ブラック・ジャック』などの人気漫画にもサバラスをモデルとした人物が登場するほか、宮崎駿もこの番組のファンであったことから、長編アニメ『紅の豚』で森山を起用するきっかけとなった。

先輩から学ぼう!

声優相談室、柴田がカツ
最強声優データベース、声優名鑑

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