声優道

超ベテラン声優からあなたへ、声優になるための極意を伝授します。


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高木渉の声優道

NHK大河ドラマ『真田丸』への出演が話題となった高木渉さんは、デビューから30年近くになるベテラン声優。『名探偵コナン』『ゲゲゲの鬼太郎』『ドラえもん』など誰もが知っている国民的アニメにも出演し、今や声優界になくてはならない存在の高木さんは、どのようにしてこの世界に飛び込んできたのでしょうか?

プロフィール

高木渉 たかぎわたる…7月25日生まれ。アーツビジョン所属。1988年、TVアニメ『ミスター味っ子』で声優デビュー。代表作は、『名探偵コナン』の小嶋元太役・高木刑事役、『ワンピース』のベラミー役、『忍たま乱太郎』の平滝夜叉丸役、など。アニメのほか、洋画吹き替えや舞台でも長く活躍してきたが、2016年のNHK大河ドラマ『真田丸』の小山田茂誠役で映像作品への初出演を果たした。

①一度だけのつもりが1年半の番組見学に

一度だけのつもりが1年半の番組見学に

 僕はもともと舞台俳優になりたかったんです。高校を卒業して、少し英語に興味があって専門学校へ行ったのですが、お芝居の勉強をしたいという気持ちが強くなって退学。でも、米国システムの学校だったので新学期が9月だったんですね。 当時、劇団の入団試験というのは1〜2月頃が多かったもので、来年までずいぶん時間もあるし、何もしてないのももったいないなぁなんて思いながら芸能関係の情報雑誌を眺めていたら、「勝田声優学院9月期生募集」というページを見つけたんです。声優もお芝居の勉強をするには変わりないだろうから、ここで半年勉強させてもらって、それからどこか劇団を受けようって思ったんです。でも、実際に声優学校に入ってみたら、声でアニメのキャラクターに命を吹き込んだり、洋画の吹き替えをするという世界に奥深さを感じてしまいましてね。年が明けても劇団の試験を受けずに、そのまま声優の勉強を続けることにしたんです。

51182 ある日、のちに僕が所属することになるアーツビジョンの社長が勝田声優学院に一日講師としてやって来たんです。講演が終わって、僕たち生徒はそれぞれにご飯を食べに行ったりしてたのですが、帰りがけに高田馬場駅で社長にバッタリ再会しましてね。みんなで一緒に帰ることになったんです。駅に着くたびにひとり、またひとりと下車していって、とうとう最後は僕と社長だけになってしまって……もう何を話してよいのやら(笑)。緊張しているなか、こんな機会もまずないだろうと思って「アニメの収録現場を知りたいので、どこか番組収録を見学させていただくことはできませんか?」と思い切ってお願いしてみたんです。そしたら社長が「ここに連絡してきなさい」って名刺をくれたんですよ。言ってみるもんですね(笑)。次の日からアーツビジョンに毎日のように電話を掛けました。最初のうちはどこの誰だかわからない人からの電話だからデスクからも断られる一方でね。もうダメかと凹むこともあったのですが、最後にもう1回、最後にもう1回って電話をしているうちに、デスクも社長に確認をとってくれたんですね。ほどなくして『ミスター味っ子』の収録現場の見学を許されることになりました。

 そこで出会ったのが、たてかべ和也さんでした。僕にとっては運命的な出会いでした。見学を終えて帰り際にご挨拶をすると、たてかべさんが「君は、来週は来ないのか?」と言ってきたんです。僕は当然見学は1日しか許されないだろうと思っていたので「へえっ!? 来週も来ていいんですか?」って聞いたんです。そしたら「1日だけの見学で何がわかるんだ。やる気があるなら最後まで来なさい」と言ってくれて。ものすごくうれしかったですね。結局、長く続いた番組なので1年半見学をすることになりましたが(笑)、これが僕にとっては大きなスタートになりました。

 毎週スタジオに早めに行って、皆さんのお茶を作ったり、灰皿を用意したり(当時はスタジオ内でもタバコが吸えました)、後片付けをしたり、何か仕事を見つけながら見学し続けました。毎回ゲストキャラがあるような番組だったので、たくさんの声優さんのお芝居を見ることができました。途中からはスタジオの中で見学をさせてもらえて、半年ちょっとくらいたってからですかね。「この役やってみないか?」って、どっちの料理がうまいか判定する労働者の役をいただいたんです。もううれしくてうれしくて「かばやきど〜ん!」ってひと言発したのが僕の声優としてのデビューでした(笑)。

 声優学校の先生だった水鳥鐵夫さんは「声優である前に俳優であれ」という方で、授業内容も主に戯曲を取り上げるものが多かったので、僕にとってはありがたい環境でした。いろいろ舞台のことも教えていただいて、学校卒業後は同期のメンバーで「劇団あかぺら倶楽部」を立ち上げ、水鳥鐵夫さんを演出家として迎え入れ、洋物和物を問わず人間ドラマを描いている戯曲を中心に年2回ほどのペースで舞台活動をしました。今でもその劇団は続いています。僕は人に恵まれました、本当に。

名前のある役を演じて逆に仕事がなくなる!?

 僕がデビューした80年代後半から90年の頭はバブル時代だったこともあって、よく先輩について行って飲み屋で芝居の話や仕事のことなどいろいろ話を聞かせてもらいました。「次はお前が後輩をおごっていくんだぞ」って言いながらずいぶんおごっていただきましたね。また、監督も「お前はヘタクソだなぁ」とか言いながらもまたキャスティングしてくれて、ずいぶん育てていただきました。あの時代は今ほど声優さんも飽和状態ではなかったから、僕にとってはある意味ラッキーだったのかもしれません(笑)。

 もちろん声優だけではまだ生活も苦しかったので、バイトもしてました。声優を目指して少し軌道に乗ってきた人は今も同じかもしれないですが「この世界で食べていけるか?いけないか?」という狭間のときって、だんだんバイトが苦しくなってくるんですよね。僕は声優の仕事を入れられるように、夜中に新幹線で販売されるおにぎり作りのバイトをしてたんですが、声の仕事がだんだん増えてくると、夜中も仕事してるもんだから眠くなってきて頭もボーっとしてくるんですね(笑)。「俺の第一の目的は何だろう?」「こんなふうに続けていちばんやりたい声の仕事がおろそかになっていいのか?」と、だんだん違和感を覚えるようになってきて……。先が見えないから不安で、生活していくにはお金も要るけど、芝居がおろそかになるのは本望ではない。そこで思い切ってすべてのバイトを辞めました。でも無収入になってみると不思議なことに、絶対に役者として食べていかなくてはという覚悟ができて、逆に必死になりました。自分を売るために毎日のように事務所に行ってましたね(笑)。

先輩から学ぼう!

声優相談室、柴田がカツ
最強声優データベース、声優名鑑

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