声優道

超ベテラン声優からあなたへ、声優になるための極意を伝授します。


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鈴村健一の声優道

声優として第一線で活躍しながら、株式会社インテンションの代表取締役として辣腕を振るう鈴村健一さん。その根底にあるのは「新しいことに挑戦し続けたい」という理念だとか……。そんな鈴村さんに、これまでの役者人生を振り返ってもらいつつ、"声優"という職業の実像を語っていただきました。

プロフィール

鈴村健一 すずむらけんいち…9月12日生まれ。インテンション代表取締役、また声優としても同社に所属。主な出演作は、アニメ『うたの☆プリンスさまっ♪ マジLOVEレジェンドスター』(聖川真斗)、『おそ松さん』(イヤミ)、『タイガーマスクW』(棚橋弘至)、『黒子のバスケ』(紫原敦)、『宇宙戦艦ヤマト2199』(島大介)、『銀魂』(沖田総悟)ほか。

②どんなにドン底にあって成功するビジョンを捨てずに

どんなにドン底にあって成功するビジョンを捨てずに

──前回は声優としてデビューするまでのお話をうかがいました。デビュー当初から『マクロス7』のモーリーや、『Ninja者』のカヲルといった名前のある役を演じて来られました。そういう意味ではかなりチャンスもあった気がしますが?しかし、そこで僕は結果を出せませんでした。新人声優を集めて歌ったり踊ったりラジオをやったり……という今でこそ当たり前のメディアミックス展開を仕掛けたのが『Ninja者』という作品だったんですが、ぜんぜんお客さんが入らなくて。本当につらかったですね……。さらにアフレコ現場でもお芝居ができなかったとなると、そこからはパタリと仕事が来なくなって。当時のお仕事の打ち上げで関係者の方に「今後ともよろしくお願いします」と挨拶をしたときにも「お前はうまくなるまでしばらく使わないから」とバシッと言われてしまいました。

6501小さめ1──それはショックですね……。
 当時はそうでしたが、今振り返ってみると、こんなに優しい言葉はなかったと思いますよ。だって、黙って切っちゃってもよかったわけですから……。ちなみにその方とは後にお仕事をする機会に恵まれまして、打ち上げの席で「今、お前とこうやって酒を飲めているのはすごく素敵なことだと思う。感慨深いものがあるね。」とおっしゃってくれたんです。それも過去のことはいっさい持ち出さずに、ただ“今”を褒めてくれた。こんなにうれしかったことはありません。とはいえ、それはだいぶ先の話。デビュー以降の僕は仕事に恵まれず、結局24歳までの約4年間、「兵士A」といったモブ役を演じるのが精一杯。

──悩むことも多かったのでは?
 たしかにいっぱい悩んだし、苦しみもしましたけど、プロとして活躍する自分の姿を思い描いて「いつかできる」と気持ち悪いぐらいにポジティブなイメージを浮かべ続けていました(笑)。だって、歴史だろうが自分の人生だろうが、起きてしまったことは絶対に修正することができないんだからウジウジ言っても仕方ないし、それなら失敗した原因を探り、活かしていけばいいだけ。現実、僕も名前に傷がついて使ってもらえないところまでいったけれども「そういう経験をできたことがラッキー」とまで思っていましたね(笑)。プロという高水準の現場を身をもって体感したというのはかけがえのない経験だし、それを活かすことができなかったら、あのときチャンスをくれた人たちにも失礼だと思ったんです。

──そして4年が経過して『時空転抄ナスカ』では、主人公・三浦恭資役を射止めました。
 正直、あのときは「これで人生変わるかな?」と思ったんですが、変わりませんでしたね(笑)。だって、その後、27歳になるまで役者一本ではメシが食えなかったんですから。人生でいちばん貧乏を経験したのが、この24歳から27歳までの間だと思います。

──1カ月の食費が8、000円というのも、とてつもない倹約生活ですが(笑)。
 いやいや、当時は日清の小麦粉が1パック120円だったので、それをどう食べるか考えるだけで1カ月はもちますよ(笑)。さらにお金の神様に愛されていたのか、大変なときに限って臨時収入が入ってきていたので、そのうえでワークショップに通ったり、自分を磨くことを継続できていたのはよかったと思います。これを読んで「役者は貧乏じゃなきゃできないのか」と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、そんなことはありません。貧乏でも慢心することはいくらだってありますし、つねにハングリー精神をもち続けているお金持ちの方だっています。ちなみに僕は貧乏な生活が楽しめるタイプだったので、危機感が足りなくて、あまりガツガツせず・・・それが原因で27歳まで売れなかった気がします(笑)。

失敗することを恐れずに一生勉強し続けるお仕事

──そんな鈴村さんにとって転機となったのが27歳のときでした。
 まず、マネージャーに「そろそろオーディションに受からないと終わるよ?」と言われて……。厳しいけど、30歳間近の人間が小麦粉を毎日練っていたらそう言われて当然ですよ(笑)。ところが、27歳の年に受けたオーディションがことごとく決まって。今でも決め手となる理由はよくわからないんですが、それまでに続けてきたことで培ったものが認めてもらえたんだと思います。それに、この業界は情報が流れるのが速い。「若くて安くて面白い役者がいるぞ」というのがわかると、みんな必ず一度は試してくれるんです。そして、よければ使われるようになるし、悪ければダメだという情報が共有されてしまう。世間では同じ役者がいっぱい出ていると“ゴリ押し”といった言葉で片づけられてしまうことがありますが、制作会社より事務所の方が力が弱いこの業界では、“ゴリ押し”は幻想な気がします。

──そして、鈴村さんはそのチャンスをモノにすることができたわけですね。
 必ずチャンスはめぐってくるもの。僕も一度は大失敗しましたが、力を蓄えてきたことで今につながったのかなと思います。

──どんなに時間がかかっても失敗を取り戻すことはできると。
 むしろ、僕は役者に限らず“世界は失敗をしてもいいようにできている”と思いますし、あとはそれをどうとらえるか。自分のために頑張り続けていれば、きっと誰かが見てくれていて、どんな失敗もいつか取り戻す機会に恵まれると信じています。今だって毎日が失敗と挑戦の連続ですから!(笑) 
 演劇の歴史を勉強していて思うのは、大成した役者さんがこぞって「下手になりたい」というコメントを遺していること。うまくなればなるほど技術にとらわれていくというのが演劇の歴史でもあるので、世阿弥が生み出した「初心忘るべからず」という言葉の重さはすごく感じますし、僕も「どうすれば下手なままでい続けられるんだろう」ということを考えながらお芝居をしています。いかに新鮮に物事を捉えられるか。そこがポイントです。
人は基本的には安定しているものを求めるものだと思っています。視聴者の方々もきっと「これこれ!これだよ」みたいな安心感が欲しいんだとは思います。でも、時代を切り開いてきた作品はまだ誰も見たことのないような違和感が必ず内包されてるんです。役者のお芝居がルーティンワークになった瞬間それはただの“音”になって、すべてが停滞してしまう。ミュージカルや歌舞伎の世界で大成している方が「日々勉強です」とおっしゃるのは、新しい表現を探し続けているということだと思ってます。僕が10代の子たちに教えるときも必ず入り口で「一生勉強することになるので、それが好きにならないと耐えられないよ」と伝えています。やっぱり声優は悩み続けることが大事……そうありたいお仕事ですから。

先輩から学ぼう!

声優相談室、柴田がカツ
最強声優データベース、声優名鑑

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