声優道

超ベテラン声優からあなたへ、声優になるための極意を伝授します。


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折笠富美子の声優道

高校時代から劇団スーパー・エキセントリック・シアター(SET)で演技を学び、アニメ『GTO』のヒロイン・冬月あずさ役で声優デビュー。その後も、アニメ、ゲーム、外画吹き替えなどで、さまざまなキャラクターを演じてきた折笠富美子さん。これまで折笠さんが歩んできた声優道を、全3回のトークでお届けします。

プロフィール

折笠富美子 おりかさふみこ…1227日、東京都生まれ。アトミックモンキー所属。主な出演作は、映画『チェブラーシカ 動物園へ行く』(チェブラーシカ)、アニメ『新あたしンち』(立花みかん)、アニメ『かみさまみならい ヒミツのここたま』(ミシル)、アニメ『リトルウィッチアカデミア』(ロッテ・ヤンソン)ほか多数。

①劇団のレッスンのお陰で体育の成績が10に!

劇団のレッスンのお陰で体育の成績が10に!

 私が役者の世界に入ったきっかけは、高校2年生の終わり、劇団スーパー・エキセントリック・シアター (SET) の劇団員募集を見つけてオーディションを受けたことでした。当時SETは毎年募集があるわけではなく、その年は久々の研究生募集で、応募年齢を下げてみたというタイミングだったんです。

_DSC0421_1 研究生オーディションでは、私が最年少で周りは大人の方ばかりでした。「体を動かせる服装で来てください」と言われて、レオタードのお姉さんたちがいる中、私は学校指定のジャージ、みたいな状況(笑)。特技披露でも切り札がなくて、「とりあえず歌います」と学園祭でソロを披露したことのあった『星に願いを』を英語で歌いました。

 
 何次オーディションまであったか忘れましたが、毎回オーディションから帰宅するたびに、母から「ここまで来られたのだから、いいんじゃない」なんて慰められていました。応援するというよりは、私には無理だろうと思っていたみたいです。「こんなトロい子ができるわけない」と。ですが、関門を抜けて、研究生になることができました。

 SETのことは姉の影響でコメディードラマを観て知っていたのですが、いざレッスンに行ってみたら「こんなに体育会系なの?」と驚きました。“ただの高校生”の私は、体力にも自信がなくて、周囲からも「自転車乗れるの?」と言われてしまうくらい何もない、ゼロからのスタートでした。SET研究生時代はジャズダンス、バレエ、タップダンス、歌唱、演技のそれぞれの基礎、それとバク転などアクロバットと殺陣のレッスンなどを毎日こなす日々。拳立て伏せもしていました。痛かったです。女子なので「ここまででいいです」と多少は手加減してもらえましたが……。そのお陰で精神と身体能力が鍛えられて、高校の体育の成績が8から10に上がりました(笑)。

 昼間は学校に行って、夕方からSETのレッスンを受けて……という毎日を1年間続けました。両立は大変でしたが、一緒に学ぶ仲間達にも恵まれました。演技経験のある人もない人もいっぱいいて刺激をたくさん受けましたね。そのなかで私は最年少のゼロ、日々いろいろ吸収できる環境でチビッ子扱いされながらも、大人に混じって目標に向かって頑張ることがすごく楽しくて充実していました。

人とのご縁に運ばれて、声優の道へ

 SETの研究生の後半は、卒業公演の稽古をやっていました。公演を1本うって、そこで審査されて、劇団員に昇格できるかが決まるのです。その公演で私とダブルキャストだった女優さんが、劇団ヘロヘロQカムパニー(以下、ヘロQ)の旗揚げメンバーだったご縁で、ヘロQの座長の関智一さん、長沢美樹さんと知り合いました。後に、関さんから今の事務所の社長(当時はマネージャー)を紹介されて声のお仕事を始めることになるので、まさに人とのご縁で声優の道へと運ばれた感じでした。

 _DSC0501_1劇団を辞めてフリーで小劇場や映像の仕事をしていた時期もありました。舞台は知り合いのツテで良い役もいただいていましたが、映像は仕事自体も少なくて、やっと仕事をもらっても“女A”というセリフ一言の端役やエキストラだったり。ですから、「セリフをもっとしゃべりたい!」という思いが強かったんですよ。関さんから社長を紹介していただき、声優の仕事にたどり着いたときは、「セリフをしゃべりたい」というただまっすぐな強い願いが届いた感じでした。

 声の仕事は、最初にすこしゲームに出演させていただきました。そのときはまだ「声優になる」という気持ちが固まっていなかったんですけど、そのすぐあとマネージャーから「とりあえず挑戦してみよう」と言われて、お話をいただいたのがデビュー作の『GTO』のオーディションでした。そこでヒロイン役に選んでいただいたのですが、当時は現場のことを何も知らなくて、アフレコ用に書かれた台本すら初めて見るような状況でした。

 声優業を始めてから少しずつでも順調に良い仕事をいただいていたので、周りの人たちからは順風満帆に見られがちでしたが、声のほうでチャンスをいただく以前は、 劇団員に昇格してすぐに役をいただけるわけもなかったですし、 舞台や映像の仕事場で、その他大勢の役で雑に扱われるような辛く苦しい経験もしました。「全然仕事がないこの先どうしよう?」とただ待つ日々に不安になった時期もありました。アルバイトもたくさんしましたし、劇団を辞めた後もどのように仕事を掴めばよいか不安でしたね。

 その頃は「この余裕ある時間は勉強の時間」と考えていました。と言っても、舞台を観に行くお金もなかったので、テレビを見ていました。当時は映像演技にも興味があったので、その時流行していたドラマや人気女優さんのお芝居を録画して、何度も巻き戻したりしながらひたすら研究していました。

 ですが「もうダメだな」みたいなことは全く思わなかったんです。ダメも何も、まだ芽も出ていないわけですから、そういう発想にはならなかったんですね。逆に何かを持っていたら、「それを失くしたらどうしよう」「それが育たなかったらどうしよう」と思っていたかもしれません。とにかく演じたい気持ちだけがひたむきに強くあったので、ある意味、怖いもの知らずだったと思います。

先輩から学ぼう!

声優相談室、柴田がカツ
最強声優データベース、声優名鑑

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