声優道

超ベテラン声優からあなたへ、声優になるための極意を伝授します。


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たかはし智秋の声優道

声優、ナレーターをはじめ、グラビアモデル、歌手など幅広いジャンルで活躍。日本でただ一人“セクシーすぎる声優”の称号をほしいままにしている、たかはし智秋さん。彼女がこれまで歩んできた声優道を、全3回のトークでお届けします。飛びきりセクシーな撮り下ろし写真とともに、お楽しみください!!

プロフィール

たかはし智秋 たかはしちあき・・・5月8日、神奈川県横浜市生まれ。フリー。’97年頃より声優としてアニメ、ゲーム、洋画吹替えなどで活躍。’08年頃からセクシー写真集を発売するなど、“セクシーすぎる声優”として注目される。’10年、CD『今夜はチュパリコ』でソロ歌手としてデビュー。また「Aice5(アイス)」をはじめ、多くの音楽ユニットで活動している。。

たかはし智秋 CHIAKING official website

①自分と異なるフィールドで生きる人を尊重し、思いやりをもって接したい

受かったオーディションの中から短期集中型の養成所を選択

_DSC8199_1 私は、小学校の卒業文集で「将来は声優になりたい」と書きました。と言っても、本当に声優になりたかったわけではなくて、半ば腹いせで書いたのです。その頃の私は太っていて声が変わっていたので、すごくいじめられていました。そんなときに、「将来の夢」を作文に書くことになり、「私は太っていて声がヘンだから何を書いてもバカにされる。将来はお相撲さんか声優と書けば、笑われないだろう。でも女はお相撲さんになれないから、声優かな?」そんな理由でした。当時の声優は、今みたいな人気の職業というよりも「特殊な声の人がなる職業」というイメージがあったんですよね。

 幼い頃から、太っていたにもかかわらず「芸事で食べていきたい。モデルになりたい」などと、強く思っておりました。自己顕示欲がすごかったんですね。でも言うと笑われるから誰にも言えず、密かにオーディションを受けていました。やっぱりそこでも「声が特徴的」だと言われて、ふと小学校の卒業文集を思い出し、声優の養成所を受けました。オーディションではとにかく目立ちたくて、「スカして歩いて、わざとコケる」という変なキャラを作りました。「あのコケた子ね」と審査員の方に印象づけたくて。とにかく自己顕示欲が強かったと思います。イジメられていた本当の原因は、太っていたり、声がかわっているということではなく、この自己顕示欲だったのだなぁと、大人になって気がつきました。

 両親は、私の芸能界入りには反対でした。でも父から「狭き門に入ったら許してやる」と言われたので、たくさんの人たちが参加する大規模なオーディションをいくつか受けて、全部で5つくらい受かったんですよ。それで両親に強気で合格通知を見せました。父は武道をやっていて「男に二言はない」タイプだったので反対することもできず、「わかった。そのかわり、100万円やるから出ていけ!!」と。そんなこんなで家を出て、芸能界を目指すことになりました。

_DSC8235_3 そのとき受かった合格通知の中から、私は老舗の声優養成所を選びました。レッスン期間が1年と短くて週6日ほどレッスンがあるので「集中してできる」と思ったんです。内容も充実していて、声優の養成所というよりは、芸事全般を学べる、学校のようなイメージでした。早速、高校を卒業したタイミングでその養成所に入りました。

 家を出た私は、養成所に通いながら当時の彼氏と同棲を始めました。家を出た私を全力で支えてくれた、素敵な人でした。彼とは結婚まで考えていたのですが、養成所を卒業する頃にフラれてしまって・・。事務所所属のオーディションに受かって「声優としてこれから」というときに恋は終わってしまい、19歳か20歳のときに恥を忍んで、土下座をし、実家に戻りました。

 事務所に入ってからはいろんな仕事のオーディションを受けましたが、ことごとく落ちていました。私はR&BやHIP HOP、レゲエが好きで、セクシーなインポートドレスなどを好んで着ていたのですが、そういう部分もウケが良くなかったみたいです。当時の声優は、フリフリの服を着るのが普通でしたから。「そもそも声のお仕事なのに、どうして恰好のことを言われるんだろう?」と納得がいかなかったけれど、若いうちはなかなか話を聞いてもらえなかったのです。後にゲームのオーディションに受かってキャラソンを歌ったとき、私だけ他のキャストと違う、ビヨンセみたいな恰好をしていましたけどね(笑)。もちろん、格好の問題だけではなく、マイク前でのお芝居も、耳をふさぎたいぐらい酷かったですから、オーディションに落ちるのも当然でした。

周りの人たちと上手くコミュニケーションがとれなかった新人時代

_DSC8087_1 私はもともとアニメやゲームが“すごく好き!”というよりは、「声が変わっている」という理由で声優を目指しました。だから養成所、そして事務所に入ったとき、それまでの人生で関わりのなかった“アニメやゲーム好き”の人たちとたくさん出会って、そこはまるで“私の知らない世界”という感じでした。社会に出て初めての世界が事務所でしたから、私にとってはすべてが社会勉強。いわゆる“タテ社会”というものも、そこで学んだ気がします。

 ただ最初の頃は、周りの人たちと上手くコミュニケーションがとれなかったですね。今でもそういうところがあるのですが(笑)。

 たとえば、みんなお仕事を取るために努力していますが、努力の仕方もいろいろあって、制作スタッフさんやマネージャーさんと上手く接することも意外と大事なんです。でも当時の私はそう思わず、「媚びて仕事をもらおうとしている! ごますっている! 卑怯だ!」と、ベテランの先輩にまで失礼なことをたくさん言ってしまい、色々な人を傷つけてしまいました。

 どんな社会においても、人とのつながりは大切です。例え、本当にごますっていたとしても、その人はその人で、自分のフィールドで頑張っているわけです。それを認めるのも、一種の思いやりだと思います。きっと羨ましかったんですね、上手くコミュニケーションをとれる人々が。私が頑張ってまねをしてみても、全く逆効果で「バカにしているのかね。君は(怒)」と怒られてしまう始末でした。なので、これはもう私の持っている”生き辛い気質”として受け入れることに決めました。最近では、そんな自分を理解し、少しずつですが、私のペースというものがつかめてきた気がしています。自分と違うフィールドで生きる人たちを尊重し、思いやりを持って接せられるよう、日々心がけております。

先輩から学ぼう!

声優相談室、柴田がカツ
最強声優データベース、声優名鑑

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