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【声優道】井上和彦さん「アニメも外画も目指すところは同じ」

『声優道 名優50人が伝えたい仕事の心得と生きるヒント』が3月9日から期間限定で無料公開中!
臨時休校などで自宅で過ごす学生の方々へ向けて3月9日~4月5日までの期間で随時配信します。

アニメや吹き替えといった枠にとどまらず、アーティスト活動やテレビ出演など活躍の場を広げ、今や人気の職業となっている「声優」。そんな声優文化・アニメ文化の礎を築き、次世代の声優たちを導いてきたレジェンド声優たちの貴重なアフレコ秘話、共演者とのエピソードなど、ここでしか聞けない貴重なお話が満載。

それぞれが“声優”という仕事を始めたキッカケとは……。

声優ファン・声優志望者だけでなく、社会に出る前の若者、また社会人として日々奮闘するすべての人へのメッセージとなるインタビューは必見です。

アニメも外画も目指すところは同じ

▼友達と一緒に養成所を受けたら僕だけ受かっちゃった!
▼その後の活躍を決定づけた『サイボーグ009』の島村ジョー
▼僕らの仕事は観ている人をドキドキさせること
▼実は意外に難しい力の抜けたキャラクター
▼演技の感覚は教えようと思っても教えられない
▼声優の世界はみんな優しい人ばかり

【プロフィール】
井上和彦(いのうえかずひこ)
3月26日生まれ。B-Box所属。主な出演作は、アニメ『NARUTO-ナルト-』(はたけカカシ)、『夏目友人帳』(ニャンコ先生/斑)、『美味しんぼ』(山岡士郎)、『キャンディ・キャンディ』(アンソニー)、『サイボーグ009』(島村ジョー)、海外ドラマ『NCIS~ネイビー犯罪捜査班』(マーク・ハーモン)、『ドクター・ストレンジ』『ハンニバル』(マッツ・ミケルセン)、『LOST』(マシュー・フォックス)ほか。

友達と一緒に養成所を受けたら
僕だけ受かっちゃった!

僕はプロボウラーになりたくて、高校を卒業してボウリング場に就職したんです。ところが、何も知らない純粋な高校生が、いきなり大人の社会に入ってびっくりしちゃったのかな。やっぱり、思い描いていた世界とは随分違うし、こんなはずじゃなかったという思いもありました。そんな初めての経験がいくつも重なったせいか、人としゃべるのが苦手になっちゃって、これじゃいけない、と思っているとき、友達が「実は声優になりたいんだ」という話をもってきたんです。それで初めて声優という仕事を知ったんですが、声優の養成所みたいなところに行けば人と話す訓練になるかなと思って、友達と一緒に養成所の入所試験を受けました。そうしたら、僕は受かって、友達は落ちてしまったんです(笑)。それまではまったくお芝居に興味がなかったんだけど、勉強していくうちに大好きになっちゃって、今では仕事にしているんですから不思議ですよね。

養成所時代には、喫茶店だったり、立ち食いそばだったり、ビラ配りをしたり、ビルの掃除をしたり、いろいろなアルバイトを掛け持ちしましたね。ほとんどのアルバイト先が養成所の同期だった郷里大輔と同じで、「こんなバイトがあるよ」みたいに仕事を紹介してもらったりもしました。当時はアルバイト情報誌などもなかったので、道を歩いているときに、店先に貼ってある「アルバイト募集」の貼り紙を見て、働かせてもらうといった感じでした。

養成所には1年間通っていたんですが、後半の半年間は永井一郎さんに教えていただいたんです。そういう縁もあって、卒業してすぐに青二プロダクションの所属になりました。実は養成所時代から、CMやTVドラマのお仕事をいただいたりしていたので、わりと簡単にお仕事をもらえる世界なのかな、と思っていたんです。でも実際は全然違っていて、プロダクションの所属になってからもしばらくは、声の仕事をしているよりアルバイトしている時間のほうが長かったですね(笑)。そして時間を作っては、仲間を集めて勉強会をやったり、先輩のお芝居の手伝いをしたりしてましたね。

声の仕事も最初は番組レギュラーといわれるもので、男Aとか兵士Bみたいな名前のない役を演じるんです。多いときでは一つの作品で7役くらい演じました。初めて名前のある役をいただいたのが、『一休さん』に出てくる小坊主の哲斉さん。そのあと『キャンディ・キャンディ』のアンソニー役を演じて、『超合体魔術ロボ ギンガイザー』という作品で、初めて主役を演じさせていただきました。オーディションで選ばれたんですが、主役とはいってもかっこいいタイプじゃなかったんです。元気が良くて熱血系な感じで、頭は坊主。でも初主役ということもあって、今でもよく覚えています。

その後の活躍を決定づけた
『サイボーグ009』の島村ジョー

声優としての転機になったのは、『サイボーグ009』の島村ジョーですね。ちょうど『超合体魔術ロボ ギンガイザー』が終わるか終わらないかの頃に「こういう作品のオーディションをやってるんだけど、どうもイメージの合う人がなかなか見つからなかったみたいだよ」という話を聞いたんです。そんなとき、高橋良輔監督からプロダクションに「どんな新人でもいいから声を聴かせてほしい」という依頼があって、僕のところにもオーディションの話が回ってきたんです。オーディションのときって、最初に演じる役名と自分の名前を言ってからセリフに入るんですが、「島村ジョー役、井上和彦」と僕が言った途端に監督が立ち上がって、「井上さん! それだよ、ジョーは!」と叫んだものだからびっくりしました。まだセリフに入る前だったのでムダな力の入っていない状態でしゃべっていたんですが、それが良かったんでしょうね。

『サイボーグ009』の現場では、ちょっとしたアドリブもありました。台本の上に「加速装置」と書いてあったので、テストのときに「加速装置!」と声に出して読んでみたら、それが採用になっちゃったんです。僕としては、ジョーがいきなりピュッと速く行動するシーンを観ても、小さい子はなぜそうなるのかわからないのではないかと思っただけなんですが、言い方が独特で印象に残ったのか、ほとんど毎回セリフに出てくるようになりました。おかげで回を重ねるごとに、言い方が派手になってます(笑)。

島村ジョーを演じてから二枚目役というイメージがついたのか、次々に主役を演じさせていただくようになりました。そういう意味では、人生の中でいちばんの転機になった役ですね。今、当時の演技を見返してみると申し訳ないくらいヘタクソなんですが、地球を護ろうとしているんだなという気持ちだけは稚拙ながらも伝わってくる気がするんです。そこだけはちゃんと演じようとしていたんですね。

僕らの仕事は観ている人をドキドキさせること

高橋良輔監督には『サイボーグ009』の後も、『太陽の牙ダグラム』『蒼き流星SPTレイズナー』などで主役を演じさせていただきました。そういうこともあって二枚目というイメージがついたのか、いまだにかっこいい男性の役を演じさせていただけるのはうれしいですね。作品に関連したイベントに出演することもありますが、僕らの仕事は夢をみてもらうことじゃないですか。そういう場面でときめいてもらうにはどうしたらいいのかなと思って、考えた苦肉の策が〝ジャケットプレイ〟です(笑)。演技のうえでも、観ている人にときめいてもらうには、まず僕自身がときめいていないといけない。だからヒロインに恋する役を演じるときは、僕自身もヒロインのことが好きになってます。

その気持ちをそのまま実生活に持ち込んじゃうと、大変なことになっちゃうんですけどね(笑)。でも、いつも気持ちのうえでは恋をしていますね。あとは、現実でもすごくステキな人、美しい人はいっぱいいるじゃないですか。そういう人を見たとき、素直に羨ましいなぁと思うだけでなく、この人はどうしてステキなんだろう、どんなところが魅力的に見えるんだろう、と考えますね。二枚目という設定の役でも、ただ演じただけではかっこよくならないんです。どういうところが二枚目なのか、外見、中身など二枚目に見せるポイントはいろいろあると思いますが、そこを意識して演じないと二枚目の演技にはならないんです。そういう意味では、いつもステキ探しをしています。

二枚目の役に限らず、どんなキャラクターでもその役になりきろうとする気持ちが大切ですね。よく「このキャラクターにはこの声みたいに、いろいろな声を使い分けてるんですか?」と聞かれるんですが、僕自身は意識して声を使い分けたことはないんです。声なんて、いくら使い分けようとしても高いか低いかの違いくらいしかないんです。そこに、キャラクターの性格とか、そのときの気持ちなどが加わって、しゃべり方が変わってくるんですね。たとえば『夏目友人帳』のニャンコ先生だったら、人間のキャラクターよりも小さいから目線が低いじゃないですか。もし僕の体がニャンコ先生みたいに小さかったら、と考えると、周囲の人をいつも見上げる体勢になるんだから、普通に人と相対してしゃべっているときの声にはなりませんよね。声をどう出そうか、と考えるのではなく、そういう環境に置かれたときに自分の身体がどう反応させるか。まあニャンコ先生はちょっと極端な例ですが、僕が演じた役の声だけを取り上げたら、そんなに大きな違いはないと思いますよ。

もちろん、なかにはすごく声の特徴の強い人や、いろいろな声が出せる人もいますが、僕はどちらかというと声に特徴がないほうですね。でも、だからこそ幅広い役を演じられるというのはあると思います。こういうことを言うとがっかりされるかもしれませんが、『サイボーグ009』の島村ジョーの声と『美味しんぼ』の山岡の声はどう違うんですかと言われても、僕自身思い出せないんですよ。ただ、画面でジョーの顔を見ると自然とジョーの気持ちになって演じるし、山岡を見れば山岡になる、としか言いようがありません。

実は意外に難しい力の抜けたキャラクター

『美味しんぼ』の山岡は、僕にとって島村ジョーと同じくらい転機になった役ですね。実は最初の頃は、山岡の演技をするのにすごく苦労したんです。山岡って、普段はさぼってばかりでだらけていて、料理のことに関してだけキリっとするじゃないですか。キリっとするほうはいいとしても、普段のだらけている演技が難しいんです。録音監督の浦上靖夫さんには「かっこいいからダメ」と何度もダメ出しされました。「よれたスーツを着て二日酔いで出社してくるような声」と言われても、やっぱりマイク前に立つとそれなりに緊張するので、自然と油断してない声になっちゃうんです。マイクの前でだらけた声を出すというのが難しくて、いろいろと勉強させてもらいました。そういった山岡役での経験は、『NARUTO』のはたけカカシ役などに生きてますね。アニメ以外に海外ドラマの吹き替えも数多く経験しましたが、初めて外画の現場を経験したときにはいろいろと戸惑いました。ヘッドホンで原語のセリフを聴きながら演じるんですが、つい耳から聞こえてくる言葉に引っ張られちゃうんです。僕は英語なんてまったくしゃべれないのに、「旦那様、大変でございます!」というセリフのときに、ついヘッドホンにつられて「Hey! Master!」と言ってみたり……(笑)。音響監督さんからは「それ英語っぽい」「英語にしないで」とさんざん注意されました。今ではもうそんなことはありませんけどね。

僕自身はアニメと外画で演技を変えているつもりはないんです。結果として変わってしまうことはあるかもしれないけど、役柄の気持ちを考えて演じるということではアニメも外画も変わりはないんです。ただ、外画のほうが役者さんの演じているセリフや画面から受ける演技のヒントが多いですね。画面をよく観ていると、演技のヒントだけじゃなくて、「この役者さん、こんなことを考えながら演じているな」とわかってしまうこともあります。また、同じ役者さんの吹き替えをずっとやっていると、「この人、若い頃より英語がキレイになったな」というように、その役者さん自身の成長を見られることもあります。そういう意味では、アニメとはまた違った魅力がありますね。

演技の感覚は教えようと思っても教えられない

「毎年たくさんの声優さんがデビューするなかで、ずっと第一線で活躍する秘訣は?」みたいな質問をされることがあります。「企業秘密です♪」と言いたいところなんですが、それほど大した秘密があるわけじゃないんです。僕なりに気を付けているのは、いつも5年先、10年先を考えることですね。今できることが10年先も同じようにできるわけじゃないんです。

たとえば僕が『サイボーグ009』の島村ジョーを演じたのは20代の頃でしたが、「40歳になったときに、ジョーは演じられないな」と思いました。もちろん、演じようと思えばできないことはないでしょうけれど、20代の未熟さがキャラクターの魅力と合致したジョーに比べたら、40歳になって芝居が安定したジョーでは魅力が半減してしまうと思うんです。それで30歳になった頃から「10年後にはこうなっていたい。こんな役を演じたい」という目標をもつようになったんです。

目標がはっきりしていれば、そのための準備ができますよね。お父さん役を演じてみたいと思ったら、現実のお父さんをよく見てみたり、ほかの方が演じるお父さんの演技をよく聴いてみたりして研究する。それで、アニメ作品のガヤなどを録るときに試してみたりもしますね。

昔のアニメと今のアニメでは表現の大きさが違ってきているんです。そういう感覚は、常にもっていないといけませんね。テレビドラマの俳優さんがいきなり舞台に立つと、何も演技してないように見えてしまうんです。それは、テレビドラマの演技と舞台演技では、表現の大きさが違うから。同じ舞台でも、50人のお客様に対しての演技と、500人のお客様に対しての演技では、表現の大きさが違ってきます。いちばん後ろのお客様にまで伝わるようにしようと思ったら、500人のお客様に対しての演技のほうが表現を大きくしなくちゃいけない。役の気持ちは変わらないんだけど、表現の大きさだけが変わる。

最近のアニメは技術が進歩したお陰で、ちょっとした感情の変化などを絵だけで表現できるようになったので、演技にもテレビドラマのような、よりリアルなサイズが求められるようになってきました。

また同じ作品内でも、メインキャラクターと脇役では、演技のサイズが違うんです。視聴者が見ているのは、基本的にメインキャラクターなんです。メインに比べたら脇役は出番が少ないんですが、その少ないシーンのなかでメインキャラクターに何かしらの影響を与えていかなければならないんです。何の影響も与えられないのでは、いる意味がないキャラクターになっちゃう。そうすると必然的に、メインよりも脇役のほうが演技のサイズが大きくなります。

これは頭でわかっていても、実際にやろうとするとけっこう難しいんです。自分の経験の中からつかんでいくしかないんです。でも、いつも同じサイズのお芝居をしていると、同じポジションの役しかできなくなってしまう。僕も今では声優を目指す人を教える立場になりましたが、伝えようと思ってもなかなか伝えられるものではありませんね。

声優の世界はみんな優しい人ばかり

つい最近までは、僕が知っていることを全部教えようとしていたんです。限られた時間の中でできるだけ多くのことを伝えようとしていたので、以前の生徒さんにはかなり厳しく当たったりもしました。でも、演技というのはかなり感覚的にデリケートなものだし、最終的には自分で経験してつかんでいくしかないものなんです。今は、繊細な自分らしさを表現する、自分なりのお芝居を見つける、そのためのお手伝いができればいいなという気持ちで教えています。「自分ならではの芝居」と口で言うのは簡単ですが、見つかるまでには20年、30年という長い時間がかかるものなんです。そのための最初のとっかかりになれたらいいですね。もちろん、教える内容は基本的に変わってないんですけれど、よりわかりやすく、伝わりやすく教えたいじゃないですか。そういう意味では、僕も講師として少しずつ成長してきているのかなと思います。

声優を目指す人にいちばん大切にしてほしいのは、他人を思いやる気持ちですね。自分がこういう言動をしたら、相手はどう思うのか、そういう想像力は実生活でも大切だし、演技するうえでも絶対に必要なことなんです。思いやりがある人は、役の気持ちもよく理解できるはずだし、実生活でも愛される人になれるでしょう。同じ実力の役者がいたら、「この人と一緒にもの作りがしたい」と思えるような人のほうを選びますよね。やっぱり愛される人間じゃないと、つかみかけた運が逃げていくと思います。ふと考えてみると、声優の世界は性格のいい人が多いんですよ。僕などは短気なほうなんですが、ほとんどの人は理不尽なことを言われても怒らない。まず一呼吸置いて、相手を傷つけないようにクッションを置いた言い回しで、自分の意見を言う人が多いですね。僕から見ると、みんな大人だなぁ、人間ができてるなぁと思います。

あと声優に憧れる人のなかには、主役を演じて人気が出たり、イベントなどでキャーキャー言われるような華やかな面だけを見ている人がいますが、基本的にお芝居っていうのは決して派手なものじゃなくて、地味な作業の積み重ねなんです。スポットの当たらない部分で粘り強く努力ができること。努力を重ねていけるだけの気持ちの強さと体をもつこと。これも声優にとって大切なことだと思います。他人を思いやる気持ちをもった愛される人になること、努力ができること、この2つがそろっていたら、声優という世界だけではなく、どんな社会でも報われるんじゃないでしょうか。

(2011年インタビュー)