野沢雅子さん

誰もが知るあの人気作品に出演している超豪華ベテラン声優50名のインタビューを1冊にまとめた『声優道 名優50人が伝えたい仕事の心得と生きるヒント』
大人気アニメのオーディションやアフレコ秘話、共演者とのエピソードなど、ここでしか聞けない貴重なお話も満載。声優戦国時代を生き抜いてきた名優50人に「選ばれる」仕事術、そして「声で生きていく」道の厳しさを語っていただいたこの1冊は、すべての声優ファン&声優志望者必読のバイブルとなっている。

そんな『声優道 名優50人が伝えたい仕事の心得と生きるヒント』に掲載されているインタビューを少しだけお見せしちゃいます!

それぞれの“声優”という仕事を始めたキッカケとは……。

 

「スタジオの私は悟空。かめはめ波だって撃てます」

映画の少年役の吹き替えで劇団から声優の世界へ
▼気がつけば芽生えていた声優としてのやりがい
▼演技力の土台を築くのは経験から得た自分の引き出し
▼名セリフ「オッス、オラ悟空」はCM収録のアドリブで生まれた
▼過去に起こった大アクシデント 商売道具の“声”が出ない!
▼読書を通じて想像力を養い 生きたセリフを発してほしい

【プロフィール】
野沢雅子(のざわ まさこ)
10月25日生まれ。青二プロダクション所属。劇団ムーンライト主宰。主な出演作は、アニメ『ドラゴンボール』シリーズ(孫悟空、孫悟飯、孫悟天)、『銀河鉄道999』(星野鉄郎)、ゲゲゲの鬼太郎(鬼太郎/第1~2作)、『あらいぐまラスカル』(ラスカル)、『ど根性ガエル』(ひろし)、『怪物くん』(怪物太郎)、『ONE PIECE』(Dr.くれは)ほか多数。

■声優名鑑
https://seigura.com/directory/999/

映画の少年役の吹き替えで劇団から声優の世界へ

 もともと私は「声優になろう」だなんて思ってもいませんでした。物心がつく前から子役として映画にも出演していましたし、幼い頃から夢は女優一筋だったんです。そんな私がなぜ声優の仕事を始めたかというと、当時所属していた劇団がきっかけでした。
 声優の初仕事はアニメではなく洋画の吹き替えです。プロデューサーが少年役の吹き替え声優を探していたのですが、当時の吹き替えは録音ではなく生本番。当然ながら、このようなプレッシャーのかかる仕事を子供には任せられません。かといって、変声期を過ぎた男性が少年役を演じるのも無理があります。そこで女性に白羽の矢が立ったんです。各劇団・プロダクションを対象にオーディションが開かれ、私も受けることに。そして幸か不幸か私が選ばれ、これが好評を得たのです。

 でも、私の演技が好評だったわけではありません。洋画ファンは高齢者にも多かったのですが、洋画を観るためには映画館に足を運んで字幕を目で追わなくてはならない。ところが、字幕は次から次へと変わってしまい、この速度に高齢者はついていけませんでした。そんななか、お茶の間で洋画を観ることができ、なおかつ日本語が流れて内容がわかるという便利さが好評となったのです。
 当時、「最近の外国人は日本語がうまくなったね」と、ちまたで話題になったそうですよ。もちろん、吹き替えているのは私たち日本人なのですが(笑)。でも、そんなうわさが立つくらい吹き替えという仕事の存在が一般に知られていない時代だったんです。その後、洋画を取り入れるテレビが増えていき、少年役となれば私に仕事が舞い込むようになりました。ただし私の演技が認められたのではなく、あくまでも「経験者に任せる」という安心感が欲しくて起用されていたのだと思います。

 吹き替えの仕事が増えるなか、自然とアニメの仕事も受けるようになりました。初めてのアニメは『鉄腕アトム』ですが、そこで同じ声優の仕事でも吹き替えとアニメの違いに気づかされました。吹き替えは俳優の声を聴くことができるので、そこに自分の気持ちと声を合わせればいい。一方のアニメには声が入っていないので、どれくらいのテンポで話すか、この感覚をつかまなくてはいけません。
 ですが、この違いで苦労した記憶がほとんどないんですよね。私は今も昔も「マイナス思考がゼロ」なんです。舞台や生放送でもドーンと構えていたタイプで、「失敗したらどうしよう」なんて考えはありませんでした。本番に臨む舞台度胸という点では劇団の経験が役に立っていたのでしょう。それに、もしかしたら当時は苦労していたのかもしれませんが、役者という生き物は作品ができあがったときの喜びが大きすぎて、それまでの苦労を忘れてしまうものなんですよ。

 

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