【声優道】鈴村健一さん

声優総合情報誌『声優グランプリ』25周年を記念し発売された、『声優道 名優50人が伝えたい仕事の心得と生きるヒント』が3月9日から公式サイト「seigura.com」にて期間限定で無料公開中!

アニメや吹き替えといった枠にとどまらず、アーティスト活動やテレビ出演など活躍の場を広げ、今や人気の職業となっている「声優」。そんな声優文化・アニメ文化の礎を築き、次世代の声優たちを導いてきたレジェンド声優たちの貴重なアフレコ秘話、共演者とのエピソードなど、ここでしか聞けない貴重なお話が満載。

それぞれが“声優”という仕事を始めたキッカケとは……。

声優ファン・声優志望者だけでなく、社会に出る前の若者、また社会人として日々奮闘するすべての人へのメッセージとなるインタビューは必見です。

世界は失敗してもいいようにできている

▼自分が何者かを知らなければ ほかの役を演じられない
▼新鮮な空気を求めていったら声優にたどり着いてしまった
▼どんなにドン底にあっても成功するビジョンを捨てずに
▼失敗することを恐れずに 一生勉強し続けるお仕事

【プロフィール】
鈴村健一(すずむらけんいち)
9月12日生まれ。インテンション代表取締役、また声優としても同社に所属。主な出演作は、アニメ『うたの☆プリンスさまっ♪ マジLOVEレジェンドスター』(聖川真斗)、『おそ松さん』(イヤミ)、『タイガーマスクW』(棚橋弘至)、『黒子のバスケ』(紫原敦)、『宇宙戦艦ヤマト2199』(島大介)、『銀魂』(沖田総悟)ほか多数。

自分が何者かを知らなければ
ほかの役を演じられない

声優という仕事に対する認知は、僕の学生時代よりもはるかに一般的になってきました。それこそ東京に出て来た当時に『声グラ』さんが創刊されて、「こんな本が出たんだ!」と衝撃を覚えたぐらいですからね(笑)。今でこそ、声優という職業に憧れてこの業界に入ってくるのが当たり前ですが、それは僕らの世代くらいから始まった風潮なんですよ。それまでは舞台からの流れで声優のお仕事を始めた方が主流でしたから。

「武道館でライブをしている声優さんに憧れて!」といった感じでこの世界を志す人も増えましたね。声優ははバラエティ豊かな職業になったと思いますし、声優を、いろいろなことができる職業だと捉えてもらえるのは、入り口としては素敵なことだと思います。もちろん業界の内外問わずに「声優はお芝居ができてこそで、歌う仕事なんかじゃない!」とおっしゃる方がいらっしゃるのもわかります。でも、僕はそういう意見は時代遅れだと感じるんですよ。

たしかに僕自身も30代の頃は人並みに「最近の若者は……」なんて思ったこともありましたが、いつしかバカバカしくなったんです。だって、時代は変わっていくものじゃないですか。あのシェイクスピアだって、初めはセンセーショナルすぎて周りから「なんだこの芝居は!?」と言われた歴史もあったらしいですよ。声優という職業のあり方も、大いに叩かれたうえで、それを真摯に受け止めつつも、前に進むことで変化していくべきだと感じています。ただ、進化が望ましいとはいっても、荒唐無稽に革新的なことをやればいいとは思っていません。しっかりと過去のことを知ったうえで、そこに新しいことを積み上げていく。そういう前提が大切だと思います。

知ることは役者にとって大切な作業だと僕は思っています。今の若い世代はそれこそ情報を得る手段が豊富で「昨日、ネットで調べたんだけど」みたいな会話も日常的になされている。でも、そのままではただの受け売りにすぎません。なんで、自分がそこに興味をもって知ろうとしたのか。そして、それを知ってどう感じたのか……それらを考えることで、自分という存在を深く知ることができるし、そういう視点で物事をとらえていったほうがいい。役者は自分の肉体と精神以外に武器を持たない職業ですから、自分が何者かを知らなければ、ほかの役を演じることはできないんです。

新鮮な空気を求めていったら
声優にたどり着いてしまった

インテンションのワークショップに来る子のなかには「ただアニメが好き」という子も多いです。入り口はそれでOKだと思います。でも、稽古場に入って、自分が発信する側に回らなければならないと気づいた子から自然と顔つきが変わっていく……自覚が生まれてからが本当のスタート。また、興味をいっぱいもっている子のほうがお芝居への取り組みに楽しさを見いだしていく。実際、僕がそうでしたから間違いありません(笑)。

高校生のときに進路を考えることになって、でも、そこでどうしても僕はサラリーマンになるという道を選びたくなかった。毎日同じルーティンを繰り返す生活になりそうでイヤだったんです。……まぁ、今となってはサラリーマンの方が同じルーティンを繰り返しているだなんて失礼なことはこれっぽっちも思っていませんが、当時の僕にはそう見えてしまったんですね。

まず最初に興味をもったのは調理師。季節の旬に応じて食材も変わるし、湿度が違うだけで天ぷらの揚げ方も変わってくるなんてことを本で読んだこともあったんで、毎日違うことにトライできるなんて素敵だなと! でも、そう思っていた矢先、友だちの落合くんが「声優になりませんか?」という新聞の切り抜きを持ってきたので、「ああ、こっちもいいな」と同時進行することに……。そうしたら養成所への入所が決まったので、そちらを選んだというのが最初です。ただ新鮮な空気を求めていったら声優にたどり着いてしまったんです。

養成所に通うのと同時に、お芝居系のワークショップにも通っていたんですが、そこで教えることがまったく真逆に見えてしまって。養成所では「そういうときはゆっくりしゃべるんだよ!」と技術的なことを言われるのに対して、お芝居系のワークショップでは、セリフを使わず、アクティングエリア(※1)で役を動かすことの必然性を学んでました。当時の僕には両方がかい離して見えましたし、特に声優の養成所で教えていることがすごくチープに見えてしまった。今でこそ、考えることと感じることを両立するやり方を、それぞれのアプローチで教えてくれていたんだとわかるんですが、当時の僕はすっかり嫌気がさして、養成所に「辞めます」と電話を入れようとしたんですが……まさに受話器を取ろうとしたタイミングで、逆に養成所から「オーディションに合格しました」と連絡が来たんです。あれがなかったら、そのまま声優の道はあきらめていたかもしれません。

でも、この奇跡は当時の僕にとってはつらい部分もあって……。その時決まった役は『Ninja者』のカヲルという役だったんですが、まともに体をコントロールできない僕がいきなりメインキャストとして現場に立つということの重圧は、とてつもないことだったんです。ディレクターから演出してもらってもうまく応えられない。そんな状態でお仕事をもらってしまったことも苦しくて本当に悩みましたが、今思えばそんな経験が今後につながったんだなとも感じています。