【声優道】緒方恵美さん

デビュー作でダメ出しされ
低い声を出すためにジム通い

まずはいちから勉強し直そうと青二塾に通い、卒業後は青二プロダクション所属となったわけですが、そこに「宝塚の男役のような華やかな声質で、男子高校生の演技ができるなら、男性でも女性でも構いません」というオーディションの話が来たんです。それで受けたのが『幽☆遊☆白書』の蔵馬役でした。私も事務所もどうせダメだろうと思っていたのですが受かってしまい、デビューという流れに。

私としては舞台をずっとやっていたし、少年役もお金をもらう仕事としてこなしてきたので、わりと簡単に考えていた部分があったんです。でも実際はとんでもなかったですね。まず、舞台やミュージカルと違って、台本をいただいてから本番までの時間が非常に短く、稽古がないのにも慣れませんでしたし、何より問題だったのは声質でした。
オーディションでは私自身の声を聞いて蔵馬役に選んでくださったという話だったのですが、やはり男性声優の中に混ざるとバランスが悪かったらしく。業界的にも第2次性徴期以降の少年の声を女性声優が演じるというケースはほぼなく、初の試みに近い部分があったので、声を聴いたときの違和感も大きかったと後で聞きました。音響監督さんから「もう少し何とかしてきてもらえる?」と言われたんですが、ムリに作ったような声を出すのもイヤで……それで、声帯の専門家をご紹介いただき、改めて詳しく調べてもらったんです。

人間の声って、高いほうは訓練すれば音域を広げられるんですけど、低い声は生まれもった声帯の長さで決まってしまうんです。でも私の声帯は日本人女性にしては長いので、〝体全体の楽器としての機能〟を高めて声帯のすべてを使えるようにすれば、男性並みの声が出せるかもしれないとのこと。それからはとにかく体を鍛えようと、週に5、6日はジムに通いました。そのうちにだんだん腰の据わった声が出るようになって、自然と声が低くなっていきました。

10年以上も同じ作品に
関わっていられるうれしさ

『新世紀エヴァンゲリオン』のオーディションの話が来たとき、最初は事務所のほうで断っていたようなんです。当時、私は週に9本のレギュラー作品と3本のラジオ番組を抱えていたので、スケジュール的に厳しかったのだと思います。ところが『美少女戦士セーラームーン』の打ち上げに参加していたら、そこに庵野秀明監督(※1)がわざわざやってきて「どうしてオーディションを受けてくれないんですか?」と声をかけてくださったんです。監督から「1次オーディションでは思うような人が見つからなかったので、よかったら受けてもらえませんか」と直接……。こんな光栄な話はありません。そんなきっかけで主人公の碇シンジを演じることになったのですが、いただいた作品資料からして、すでに他作品とは一線を画すほど細かく描き込まれていて、スタッフさんのすさまじい気合いを感じました。さらに第1話の収録で映像を見て、こんなすごいアニメは今まで観たことがないと、キャスト同士で語り合ったのを覚えています。

ただ正直なところ、ラストに近づくに連れてあまりに解釈が難しく、演じていてもよくわからない部分も正直ありました。もちろん主人公役ということもあって、一生懸命やらせてはいただいたのですが……。TVシリーズ終了後も、年に1、2本はゲームなどのエヴァ関連のお仕事があったのですが、その内容があまりに2次創作的な物が多く、一生懸命やればやるほどつらい気持ちになり、疲弊していっていました。だから『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』を作るという話を聞いたときも、情報だけの段階では、正直「またか……」と思っていました。

ところが、改めてオファーをいただいて1作目の台本を読んだとき、「これが庵野監督のエヴァだ」と思ったのと同時に、「エンターテイメント作品を創る」とおっしゃった庵野さんの真意はこれなのか!と、グッときました。物語としては総集編に近いんだけど、それだけではない。これはリメイクではなく新作なんだと感じられたんです。最初に演じてから10年以上たって、また同じ作品の同じ役を演じさせていただく機会なんてそうあるものじゃない。そんな作品に自分が関わらせていただけること自体がまれだと思うし、しかもリメイクではなく、新しい作品としてすごいものを作ろうとしている現場に、座長として参加させていただける。本当にすごいことなんだと感じました。

私はあまり器用ではないので、自分が「声優として大切だ」と思う「あること」を守り続けているしかなかったのですが、それでいろいろと苦しむことや悩むこともありました。ところが『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』の収録が終わったとき、庵野監督が私の手を取って「13年間変わらず少年の気持ちをもち続けてくれ、それに13年分の君の経験値を足してくれて、ありがとう」と言ってくださったんです。自分が間違ってなかったこと、それを認めてもらえたことがすごくうれしくて、思わず泣いてしまいました。スタジオの床で手を握りあいながら泣いていたので、端から見たらさぞや変な光景だったと思います(笑)。

全人格的に優れていないと
声優になりにくくなった時代

声優として生き残っていくためには、さまざまな方法があると思います。私はあまり器用ではないので、変わらずにいること、そこに経験値を積み重ねていくことしかできませんでしたが、それが評価されたからこそまだ声優でいられるのかなあと。『新世紀エヴァンゲリオン』が放映されたのはすでに17年も前の話ですが、現在でも新作として動き続けている作品であり、その中に指針を見いださせていただけたのは希有で、ありがたいことでした。

言葉ではなかなかうまく表現できないのですが、私が思う「声優にとって大切なもの」とは「すべての仮面をいつでも外せること」。私もOVA『ガラスの仮面』で北島マヤを演じさせていただきましたが、マヤは天才的な演技の才能をもっていて〝1000の仮面をもつ少女〟と言われているんです。でも私は、演技とは仮面をかぶるのではなくて、外す作業のような気がするんです。誰でも社会生活を営むなかで、少なからず演技をしながら生きています。人とうまく付き合うために、仕事をうまく進めるために、本音ではないところで演技をしているし、いち大人としては仮面を外しにくくなり、合わせてかなり柔軟なセンスをもち続けていないと、演者としても型にはまりやすくなりがち。特に素をさらさなければならない若い役は、年々難しくなってゆきます。顔出しの役者だったら自分自身とそれほどかけ離れた役はできませんが、声優は演じる年齢や性別に、なるべく限界を作りたくないもの。だからこそ、求められればいつでも全部の仮面を外せるようでいたい。

私は、この歳でありがたいことに、いまだに新作アニメで少年を演じさせていただく機会も多いのですが、少年役はほかの役に比べ、何のてらいもなく「素」でいなければできないことが多い。もし私がすべての仮面を外すことができなくなったら、それは役者という仕事を辞めるときだと思っています。

ただ、最近は声優に求められるものが変化してきているなとも感じています。今後、声優になりたいと思っている人には、演技力はもちろん必要なんですが、ある程度の容姿も求められるだろうし、社会人としてのコミュニケーション能力も高くなければいけない。芸能界と同じく、全人格的に評価されるようになってきてしまいました。そういう人間的な資質や魅力を養うには、家庭環境に恵まれているか、あるいは血のにじむような努力をして周囲の環境を変えていくしかありません。そう考えると、声優になるのはかなり厳しい道のりだと思います。

だからこそ、これから声優を目指す人は、自己流のトレーニングなどで変な癖をつけるより、まずは今しかできないことを一生懸命やること。勉強にしろクラブ活動にしろ家族との生活にしろ、目の前にある、人としてやるべきことを。それだけが自分だけの引き出しになってくれる。そのなかで、人とのコミュニケーション能力を磨いていく。プラス笑顔だったり容姿だったり、センスだったり……そんな周囲の人を惹きつける、仲良くなりたいと思われるような人間的魅力をもつこと、人としての経験値を積むこと。それがいちばん大事。演技の勉強は、その先にあるものだと思います。

(2012年インタビュー)

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