【声優道】日髙のり子さん

心が変わると声の聞こえ方が変わる
心と声が直結しているタイプなんです

私、子供を産む前は、大人の役をやっても「声が若い」と言われることが多かったんです。でも子供を産んでからは、そう言われることがまったくなくなりました。といっても、声が急に低くなったわけではないんです。何が変わったのかというと、お母さんの気持ちが心の中に芽生えたこと。おそらく声の高さではなくて、心が変わると声の聞こえ方が変わってくるんだと思います。心と声って直結しているところがありますから。子供を見つめる慈愛の心というか、母性みたいなものが自分の中で生まれて、それが良い形でセリフに乗るようになりました。これは自分にとって大きかったですね。もちろん、子供を産まなくてもお母さん役を上手にこなす方たちはいらっしゃいます。でも私は、何でも自分に置き換えて自分の気持ちに近づけて演じるタイプの役者ですから。自分自身が母親になったことのいちばん大きな影響が声に表れたんじゃないかと思うんです。

子供を産んでから初めて演じたお母さん役が、『ワンピース』のベルメールさんでした。〝くわえタバコに刈り上げ〟というとんでもないお母さん役でしたけど(笑)。ただ、自分が母親になっていたことで、ナミとノジコを思うベルメールさんの気持ちがすごく理解できて、セリフを言いながら泣けて泣けて仕方なかったですから。

以前、こんなことがありました。ナレーションのお仕事で、畜産農家で大事に育てられた牛を食肉に加工する工場の名前を読み上げたんですよ。「ここは◯◯工場です」って。そのとき一瞬「牛がかわいそう」って思ったら声のトーンがグッと下がって、すごく悲しげに聞こえたらしいんです。ETCの声を録音したときも「このカードは有効期限が切れています」と言ったら「日髙さん、申し訳なさそうに言う必要はないです」って。自分は普通に言ったつもりなのに……そのときの自分の気持ちが、つい声に移っちゃうんですよね(笑)。

『タッチ』のときも、三ツ矢雄二さんから言われました。「日髙は技巧的にセリフを作っていないから、自分の気持ちが役の気持ちとリンクしたときは、すごくいいセリフを言うね」って。私が「本当ですか!?」って聞いたら、「1万回に1回くらいだけどね」って(笑)。まぁ、ほかの方たちはどうなのか知らないですけど、どうやら私の場合は、心と声が直結しているタイプみたい。そういう意味では、ちょっとほかの声優さんたちと違う歩み方をしてきたのかもしれないですね。

いろんな演技パターンを貯金しておくことが
マイク前に立ったときに役に立つ

私が新人時代、現場で先輩方のセリフを聴いていると、自分が想像していたのとは違う言い方、違うアプローチでセリフを言われる方たちが多くて「こういう表現もあるのか」と、ものすごく勉強させてもらいました。今、声優を目指している皆さん、今はいろんなチャンネルがあって、昔のアニメもたくさん観られる環境がありますから、素晴らしい先輩方が出演されている過去の作品をたくさん観てみると勉強になると思います。アニメはもちろん、映画や舞台など生身の体を使ったお芝居も観ておくといいですね。お芝居は声だけでなく、体全体を使ってやるもの。「ワナワナと怒りに震える」というシーンがあったら、拳をグーに握って全身に力を込めなければ、そのワナワナする声は出ないんだということを知っておいてほしいです。

もしも子供の役をやりたいのであれば、子供が遊んでいるときにどういう声の出し方をするのか、泣くときにはどういうテンションで泣くのか、を観察してみてください。赤ちゃんが泣くとき、台本には「オギャア」って書いてあるかもしれないけど、実際に「オギャア」って泣く赤ちゃんはいないですよね。なので「人間を見ること」ってすごく大切だと思います。コンビニの店員さんだって、張り切って仕事している人もいれば、面倒臭そうに動いている人もいます。いろんなパターンを知って自分の中に貯金しておくと、実際にマイク前に立ったときに役立つと思いますよ。

私、よく思うんですけど、事前にいっぱい準備をしてきて、それを現場で披露することはみんなできるんですよ。でも「もうちょっと、こうやってみて。ああやってみて」と指示を出されたら、自分が準備してきたことをコロッと変えなくちゃいけない。しかも、20分も30分も待ってもらえるわけではなく、ほんの数秒で別の芝居をしなければいけないんです。私が声優の仕事のなかでいちばん大変だと思うのは、そこなんです。そういうときに、自分の中で一つの演技パターンしか思い描けないと、相手の要求に応えることはできません。でも自分の引き出しの中に〝貯金〟がたくさん入っていれば、そこから出すこともできるし、「こういうこともあったから、こういうことも考えられるかな」って想像力を膨らませることもできます。そういうことが大事なんですよね。

ただ、こういうお仕事を続けていると、ちょっとヘンな感覚になってしまって……。たとえば日常の中で悔しくて号泣しちゃうことってありますよね。そんなときでも「あ、自分って、こういうときにこんな声が出るんだ」「こういうノドの感じを覚えておこう」って客観的に自分を見てしまうんです。すごく冷静なんだか熱いんだか、わからないんですけど(笑)。でも、そんなふとした発見も自分の表現方法の〝貯金〟になっていくんだとしたら、それはそれで大切なのかなって思います。

(2013年インタビュー)

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