声優生活61年を超えるベテラン声優・羽佐間道夫さんが「声優の力で無声映画を蘇らせたい」という情熱から立ち上げた舞台企画『ボイスシネマ声優口演』が今年で20周年を迎え、その記念公演が全国4都市にて7公演行われる。ここではその開幕となる、2025年10月31日(金)に東京・有楽町よみうりホールにて開催された東京公演初日の模様をレポートする。

『声優口演』初の演目となる、チャップリンの最高傑作
開演時間の18時30分になると、今夜の演奏を担当する4名のミュージシャンがステージ上に登場。バイオリン・emyu:さん、ベース・遠藤定さん、アコーディオン・丸茂睦さん、ギター・矢崎浩志さんのカルテットによる軽快な演奏で、会場に集まった観客たちを古きよき無声映画の世界へと案内してくれているようだった。オープニングの演奏が終わって登壇したのは、この『ボイスシネマ声優口演』の発起人であり、企画・脚色・演出を務める羽佐間道夫さん、羽佐間さんと共に長年にわたって『声優口演』を盛り上げてきた山寺宏一さん、そして日本チャップリン協会の会長であり、この『声優口演』を強力にサポートしてくれている大野裕之さんの3名。当日はあいにくの雨模様にもかかわらず大勢のファンが足を運んでくれたことに「目から雨が降ってくるほどうれしくて、本当にありがとうございます」と、まず羽佐間さんが観客への感謝の思いを口にした。
ここでは本編の上演に入る前に、3人で20年の歩みを振り返るトークをすることに。最初は野沢雅子さんと2人でこの企画を立ち上げたという羽佐間さんが「野沢雅子と二人きりで、小さな倉庫でみかん箱に乗って始めたのが22年ほど前……」と語り出すと、驚いた山寺さんが「本当にみかん箱の上に野沢雅子さんが乗っていたんですか? スタッフは何をやっていたんですか!?」とツッコミを入れる。ちなみに当時はお客さんもたったの8人だったとのことだ。そこから山寺さんが出演者に加わり、大野さんの協力も得られて、とうとう20年の節目を迎えた『声優口演』。最初に「チャップリンの映画に声をつけたい」という公演の趣旨を聞いたときの大野さんは興味深かったとしながらも「チャップリンは声をつけなくてもわかるから面白いのであって……」と半信半疑だったとのこと。そこから実際に公演を見て「これは素晴らしい!」と感動し、パリにあるチャップリン家のオフィスまで説得に行ったという。その行動が実って『声優口演』はチャップリン家公認となり、チャップリンの孫も観劇するほどの良好な関係を築き上げている。そして、20周年の『声優口演』で上演する演目は、1921年に公開されたチャップリン初の長編映画にして最高傑作とも称される『キッド』。「まさか許可が下りるとは思わなかった」と大野さんが言うほどの、まさに20周年にふさわしい一作となった。
今回の20周年記念公演の出演者は各公演で異なっており、この日の『キッド』は天﨑滉平さん、池澤春菜さん、市川太一さん、今井文也さん、高木渉さん、林原めぐみさん、潘めぐみさんというメンバーでの上演となった。物語は、ある女性が我が子を裕福な家の前に停めてあった車の中に置き去りにするところから幕を開ける。何不自由ない暮らしができるようにと祈って赤ん坊と別れた女性だったが、その車は泥棒に盗まれてしまい、赤ん坊は下町の路地に捨てられる。チャップリンが演じる放浪者は赤ん坊を拾い、自分の子として育てることに。それから5年、血のつながらない親子は貧しいながらも懸命に生きて、歌手として大成して富と名声を得た女性は恵まれない子供たちへの慈善活動を行っていた。
今から100年以上前の、映画にまだ音声が入っていなかった時代の作品を、現代の声優による芝居をつけて蘇らせるというステージ。今回の配役は、放浪者役に高木渉さん、彼に育てられる男の子役に潘めぐみさん、男の子の実の母親役に林原めぐみさん、その他の登場人物を池澤春菜さん、市川太一さん、今井文也さんらが演じ、ナレーションは天﨑滉平さんが務めた。天﨑さんのナレーションは物語の進行だけでなく、男の子を演じたジャッキー・クーガンが当時の天才子役であったことや、クーガンの父親が意外な場面で出演しているといった豆知識も教えてくれた。これは日本チャップリン協会の大野会長が脚本を書かれているからこそではあるが、天﨑さんの優しい語り口調によって、よりいっそう耳に心地よく入ってきた。また、本来はセリフがなくても面白いとされるチャップリンの演技も、高木さんのテンポのいいセリフ回しがつくことでおかしさが何倍にも膨れあがり、どこまでが台本でどこまでがアドリブなのかもわからなくなるほど。この作品は喜劇ではあるが、冒頭のナレーションで「微笑みと、おそらくは一粒の涙の物語」と語られる感動作でもあり、純真な少年を演じる潘さんのセリフから感じられる愛おしさや、林原さんが母親のセリフに込めた愛情が聴く者の胸にひしひしと伝わってきた。映画本編が感動的なラストシーンで幕を下ろすと、客席からは大きな拍手が巻き起こる。『声優口演』初登場のメンバーも多く、緊張感に包まれながらのスタートとなったが、全員が力を合わせての熱演で無事に大成功となった。
一人ですべての役を大熱演! アドリブ満載の山寺劇場
サポートメンバー6名を合わせて、総勢13名の出演者による『キッド』の後に上演するのは『キートンの文化生活一週間』。チャールズ・チャップリン、ハロルド・ロイドと並び世界の三大喜劇王と称されるバスター・キートンが手掛けた、1920年の短編映画だ。この作品に挑むのは、なんと山寺さんただ一人! イベント冒頭にも登場したカルテットによる生演奏のサポートはあるものの、すべての役を山寺さん一人で表現することになる。
「戸田恵子さんが一緒に舞台に上がって、僕を見て『山ちゃん、トゥーマッチ』って言ったんですね。しゃべりすぎだと。じゃあ、わかった。全カットに入れてやろうと思って、今回の『キートンの文化生活一週間』は全カットにセリフを入れたいと思います! ちなみに台本も持ちませんので、思いついた感じでしゃべろうと思います」
と宣言してから始まった本番は、言葉通りの山寺宏一劇場が展開されていった。作品の内容としては、とある新婚夫婦が結婚式を挙げてから自分たちの手でマイホームを建てるまでの一週間のドタバタを描いたもの。後年のコメディー映画やバラエティー番組にも通じるような体を張った笑いと大仕掛けがふんだんに盛り込まれており、アドリブの入れがいもあったのではないだろうか。元の映像が面白いだけに、山寺さんがどれだけしゃべってもトゥーマッチとはならず、映像と声との相乗効果で新たな笑いを生み出していた。主演のキートンが体を張ったシーンでは観客から驚きの声が上がり、山寺さんのアドリブで何度も笑いが起きる。最後の大オチではドッと歓声が沸き起こり、一流のエンターテインメントを見られた満足感を客席の全体で共有できたようだった。約20分の短編とはいえ、全力投球した山寺さんはかなり疲れた様子で、上演が終わるのとほぼ同時に長年にわたって数々の作品で共演してきた盟友・林原さんが水を持って飛び出してきて、山寺さんを労っていた。
エンディングでは、出演者全員がステージ上に集合。ここでは大野さん秘蔵の貴重なチャップリンの写真が公開されたり、大野さんお得意の“チャップリン大喜利”が披露されたりした。チャップリン大喜利とは、どんなお題を与えられてもチャップリンに関する話題を話せるというもので、この日は池澤さんが「総理大臣」というタイムリーなお題をチョイス。すると大野さんは1914年に『チャップリンの総理大臣』という短編映画が作られていること、さらに1932年に来日した際に時の総理大臣・犬養毅との面会を約束していたが、その日が5月15日――世に言う五・一五事件の日で、直前に予定をキャンセルしたチャップリンが惨劇を免れたことと、二つのエピソードを教えてくれた。
声優という現代日本の文化を通じて、無声映画が人気を集めていた100年前の時代背景まで知ることができるこの公演。最後の挨拶で羽佐間さんが「また頑張ってまいりたいと思います」と言っていたように、これからも30年、40年と続いていくことを願いたい。



取材・文/仲上佳克
天﨑滉平さん、上坂すみれさん、浦和希さん、大塚剛央さん、戸松遥さん、長縄まりあさん、安元洋貴さんの声グラ独占コメントや『ボイスシネマ声優口演』の詳細情報はこちらからチェック!








