声優デビュー35周年を迎えた井上喜久子さんが10月7日、東京・Club eXにて記念ライブ『17’sエアライン☆時空の旅へようこそ』を開催した。出演した作品絡みの歌や自身のオリジナルソングなどが莫大にある中、時空を旅して三つの国に降り立つという設定で繰り広げられたステージ。長い時間を共に歩んできたファンへの想いも込められ、温かいぬくもりを感じさせた。
『ナディア』、『らんま』『ああっ女神さまっ』、17’sエアラインは“懐かしの国”へ
暗転したClub eXのスクリーンに飛行機が離陸する映像。CA衣装の井上さんが「時空の旅へようこそ」とあいさつ。乱気流が発生してクルクル回ったり、髪が乱れたりといった小芝居も挟みつつ、「当機は間もなく“懐かしの国”に着陸します」とアナウンス。
手拍子に乗って、オレンジの衣装の井上さんが円形ステージに登場し、にこやかに歌い始めたのは「My Heart 言い出せない Your Heart 確かめたい」。30年前にOVAで発売された代表作『ああっ女神さまっ』のOPテーマだ。ゆったりと体を揺らし、軽くステップを踏む。昭和のほんわかしたアニソンに、まさに懐かしさが溢れるが、女神のベルダンディーを演じた歌声は今も澄んでいる。
MCではさっそく「井上喜久子、17才です」「恥ずかしがらないで大きい声で言ってね。もう1回行くよ」からの「おい、おい」と、お約束のやり取りを2回まわしで観客と交わした。
2曲目は「いろいろな人に『子供の頃に観てました』と言われて(笑)」との『ふしぎの海のナディア』から、キャラクターソングの「レッツ・ゴー・エレクトラさん」。アニメが放送されたのは1990年で、レトロチックな「パヤ、パヤ」のコーラスが入り、気持ち良さそうに歌う井上さん。このライブには「健康でここに来られたら、もう何が起きてもいい」との想いだったとのこと。免疫力を上げようと卵を1日2個食べたり、「R-1 GOLD」を買い占めたりして、前夜には「みたらし団子を食べて元気をつけました(笑)」とも。
そんな話を挟み、アニソンメドレーへ。「アタックNo.1」、「エースをねらえ!」、「CAT’S EYE」など、井上さんにとって思い出深いアニメのテーマ曲をノリノリで歌っていく。『エースをねらえ!』を観て、うっかりテニス部に入ったものの、岡ひろみになれると思ったのはカン違いだとわかり、3ヵ月で退部……との逸話も語られた。 さらに、1989年の初レギュラーアニメ『らんま1/2』の女性キャスト5人組・Docoによる「思い出がいっぱい」をさわやかに歌うと、ジュブナイル感がまぎれもなく17才を思わせる。
懐かしの国でのラストはオープニングに続き『ああっ女神さまっ』から、「神さまの伝言」というチョイス。しっとりしたバラードを情感を込めて歌い上げ、会場が温かい空気に包まれた。
“ウェンデにゃんの国” “お姉ちゃんの国”で色とりどりの楽曲を披露
拍手の中で一度ハケると、再びスクリーンに映像。井上さんの心の友であるぬいぐるみの犬、ウェンデにゃんを公園で探す動画が流れた。次は“ウェンデにゃんの国”。ギター、ベース、パーカッション、バイオリン、チェロ、シンセと揃えたバンドが円形ステージの周りに就き、白い衣装に着替えた井上さんが現れる。
自ら作詞・作曲したウェンデにゃんシリーズの楽曲から、まずは「ウェンデにゃん、月夜のおさんぽ」が披露された。ステージの前方に出て歩きながら、ゆるゆる歌っていると、サビで急にテンポアップ。2番では運動会が始まるという独特な展開の詞に、バンドのにぎやかな生演奏が華を添えた。
ワルツの「Doki-Dokiウェンデにゃん」は穏やかに心地良く、間奏ではストリングスに乗って「ワワワン」とかわいく吠えてみたりも。2番は実物のウェンデにゃんを手に取って歌っていた。
シリーズ6曲を収録した配信アルバム『まるっとウェンデにゃん』もデビュー35周年記念で9月にリリースされている。「ウェンデにゃんの17人のお友だちとの世界を、また皆さんにお届けしたいです。素敵なお話ができているので、待っていてください」との話もあった。
ウェンデにゃんの国を締めるのは「灼熱のウェンデにゃん」。ロストバゲージから見知らぬ国で冒険する歌で、ラテン調の哀感あるメロディに井上さんのユルいボーカルというアンバランスさが味に。サビで明るく転調してテンポも速くなり、井上さんは体を揺らして歌いながら、「ヘイ!」「フー!」と弾ける。最後は「アミーゴ!」でキメた。
休憩を挟んだ後半は“お姉ちゃんの国”へ着陸。「フリーダムな世界をお贈りします」とアナウンスされて、ストリングスの演奏から、ライトブルーの衣装に身を包んだ井上さんが「優美なおさかな」を歌い出す。1994年発売のアーティストデビューアルバムのタイトル曲。“前世はお魚”だったことが反映され、3拍子にユラユラとたゆたうようでエレガントさが漂う。
続く「どうぞよろしくね。」は岡崎律子さん提供のシャレたボサノバ。スカートの裾を軽く引き上げて体を振ったり回ったりしながら、リズミカルに歌った。
そこからは春夏秋冬をイメージした4曲が続けられる。「春」も岡崎さん作詞・作曲による、美しいメロディのバラード。深々とした冬から花が芽吹く情景が浮かび、包み込むようなやさしい歌声が染みわたる。
夏の「ふうりん」は“私が風鈴だったら”と書いた自作曲。海辺の小さな民宿、おじいちゃんの静かな寝息…などと、井上さんらしい素朴な言葉が綴られて、チリン、チリンとノスタルジックな気分に浸らせた。
秋には久川綾さんの「金木犀」をカバー。「新人の頃、悩みごとを話しながら頑張っていたのを思い出す」とのこと。重厚なコーラスに乗った歌い出しから、希望に燃えていた19の頃の青春をしみじみと振り返るのが、今の季節とオーバーラップする。
そして、冬は再び自作曲の「すき」。歌謡曲ふうのマイナーなメロディに、寒い日のココア、小鳥のさえずり、公園のベンチ……と好きなものが綴られていき、ひんやりした空気の中で心が暖められるようだった。
サプライズゲストの井上ほの花さんと豪華母娘ユニゾン!
バンドメンバーの紹介から、ゲストとして「ほっちゃーん」と呼び込み、娘の井上ほの花さんがサプライズでステージに姿を見せると、歓声が起きる。2人で披露したのは「ハレ晴れユカイ」。大ヒットアニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』のテーマ曲のアップチューンに、2人で一緒に振りも付けて。元気に腕を振るほの花さんと、ちょっとゆったりな喜久子さん。微笑ましい母娘共演となった。
この曲について、「ママが歌っているから(『涼宮ハルヒ』に)出てるのかと思ってた」(ほの花)、「出てない(笑)!」(喜久子)といった話も。さらに、「娘のライブにも応援に来てくださって、親子ともども感謝でいっぱいです」と、「愛をこめて花束を」が歌われた。Superflyの名曲のカバー。喜久子さんは柔らかく、ほの花さんは凛々しく、サビは二人のユニゾンで聞かせた。
ほの花さんが拍手を受けてハケると、ライブはいよいよ大詰めに。
「声優として35年。きっと皆さんも時を一緒に過ごしてくださっていることが、私にとって何よりの幸せです。落ち込むこともあるけど、やっていけるのは皆さんのおかげ。最後は私が作った歌を心を込めて歌いたいと思います」
そう語ったラストナンバーは「ありがとう」。静かなバラードに率直な感謝の想いを乗せ、張りのある歌声が会場中に広がる。“支えてくれるあなたがいるから”では、客席へ腕を差し出して端から端へと広げていた。“本当にありがとう”と歌って深くお辞儀をして、顔を上げると四方に手を振り、ステージを後にした。
すかさずアンコールの拍手が起こって、オーラスは定番の「がんばって負けないで」で盛り上がる。ステージを歩きながら軽やかに歌っていく井上さん。これも自身で作った曲で、素朴なメッセージが胸に響き、さわやかな希望が湧き上がった。
手拍子をいっぱいに浴びて、井上さんは何度も「ありがとう」を繰り返す。笑顔で手を振りながら「みんな、体に気をつけてね。それが一番だからね」と呼び掛けて、35周年ライブはフィナーレとなった。長い年月をファンと共に歩んできた井上さんの道は、まだこれからも続いていくのだろう。そんな余韻が残っていた。
<セットリスト>
M01. My Heart 言い出せない Your Heart 確かめたい
M02. レッツ・ゴー・エレクトラさん
M03. アニソンメドレー(アタックNo.1~あしたがすき~エースをねらえ!~CAT’S EYE~
ロマンティックあげるよ)
M04. 思い出がいっぱい
M05. 神さまの伝言
M06. ウェンデにゃん、月夜のおさんぽ
M07. Doki-Doki ウェンデにゃん
M08. 灼熱のウェンデにゃん
M09. 優美なおさかな
M10. どうぞよろしくね。
M11. 春
M12. ふうりん
M13. 金木犀
M14. すき
M15. ハレ晴レユカイ
M16. 愛をこめて花束を
M17. ありがとう
EN01. がんばって負けないで
取材・文/斉藤貴志