過去に起こった大アクシデント商売道具の“声”が出ない!
幸せなことに、現在も忙しく仕事を続けられていますが、最も多忙だったのは『銀河鉄道999』のときです。この頃は3年間休みがありませんでした。平日にレギュラーの仕事をこなし、土曜日から月曜日までは地方のイベントに出席。そして急いで戻り、また月曜日から金曜日までレギュラーの仕事……そんな生活が3年間も続いていました。
しかし、どれだけ忙しくても体調を崩したことはありません。仕事柄、喉に気を遣う同業者が多く、「冬場はマスクが必需品で、部屋には加湿器を置いている」という話も聞きます。でも、私はマスクもしませんし加湿器も使いません。まあ、人それぞれですが、私はあまり喉を過保護にしないんです。以前、加湿器をいただいたことがあったのですが、3日ほどで面倒臭くなって片づけてしまいました(笑)。
もちろん、喉に気を遣うことはいいことだと思います。実際、いい声の人はとても喉を大切にしていますからね。私の場合は自分でいい声ではないと思っているので、過保護にしなくていいんです。ただし小さい頃からの習慣で、外から帰宅したときには必ず〝うがい〟と〝手洗い〟をしています。少し喉が痛いと思ったときには、うがい薬でうがいする。気を付けているのはこれくらいです。
自分から話しておいてなんですが、私の喉の管理法は参考にしないほうがいいでしょう。というのも、どうやら私の声帯は人よりも丈夫らしいのです。
自分の声帯の強さに気が付いたのは〝過去に一度だけ声が出なくなった〟ときのこと。ある夏の日、環状7号線を車で移動中、大渋滞に遭遇したことがありました。一向に車が流れる気配がなく、あまりに退屈だったので私は運転席で歌を歌っていたのですが、窓を全開にしていたのが失敗でした。排ガスによって声帯が傷つき、翌日から声がまったく出なくなってしまったんです。何とも情けない理由ですよね。
この3日後にナレーションの仕事があったので、慌てて行きつけの病院に駆け込みました。すると、声帯全体が水ぶくれになっていたようで「声を出せるようになるまでは10日以上、話せるようになるまでは1カ月かかる」との診断結果が……。
ところが、私はすぐに声が出るようになりました。先生も「国宝(級の声帯)だ!」と驚いたほどです。この病院は大御所の歌舞伎役者や歌手が通う有名病院でしたが、先生いわく「国宝レベルの丈夫な声帯の持ち主はこれまでに3人だけ」だそうです。淡谷のり子さん、(初代)水谷八重子さん、そして私でした。ちなみに、この3人の中でも私の声帯が最も丈夫だったそうです。
この結果、3日後の収録は休憩を挟みながら無事に終えることができました。私はクーラーが苦手だったのですが、この一件以降、さすがに夏場の運転時はクーラーをつけるようになりました(笑)。
私の声帯は別としても、今の若い声優さんは総じて喉が弱い気がします。このため、『ドラゴンボール』のように絶叫シーンの多い作品は大変そうです。たとえば劇場版の収録では朝10時から夜10時までの12時間ほど叫び続けますが、若い子たちはみんな声が潰れてしまいますからね。
声優に憧れる人は、発声よりもセリフの練習を好む傾向にあります。恐らくセリフを読むことで、役者に一歩近づいたような気になるからでしょう。だからといって、発声練習をおろそかにしてはいけません。たとえ若いときは大丈夫だったとしても、歳をとってから声を潰しかねないからです。私が今でも仕事を続けられるのは、発声の基礎が身に付いているからだと思っています。多くの声優さんは午前中に声が出にくいそうですが、私は起きてすぐにでも大きな声が出せますよ。
読書を通じて想像力を養い生きたセリフを発してほしい
これから声優を目指す人たちに対して私が贈るアドバイスは、〝想像力を養え〟です。想像力を養う方法の一つとして、私は読書をおすすめしています。特に小説は漫画と異なり絵がないので、想像力を働かせるのに最適な方法だと思います。
若者の活字離れが叫ばれている昨今、もしかしたら本を読み慣れていない人もいるかもしれません。そんな人は小説ではなく、まずはエッセイを読んでみましょう。たとえば私は雲が大好きで、よく雲のエッセイを読みます。そのエッセイには1ページに3行程度の文章しか書かれていませんが、その短い文章を読むだけで雲の形を鮮明に想像することができます。
私たちの世代は娯楽が少なかったので、読書をする人が多かった。でも、今は娯楽が豊富ですからね。テレビやインターネットを通じて、政治からバラエティまであらゆる情報も簡単に手に入ります。世の中が便利になっている反面、自分で考える機会や想像を働かせる機会が失われているんですね。
また、活字離れとも関係していますが、最近ではパソコンや携帯電話の漢字変換機能を利用する人が多いですよね。このせいか漢字の読み書きが苦手な人が増えていて、台本を誤読する人やセリフの意味そのものを理解できない人が多いような気がするんです。言葉の意味を知らなければ、どのような感情を込めればいいのかわからないし、いい演技はできないと思うんですよ。
ほかにも、上品な言い回しが苦手な若い声優も目立ちます。普段の演技は上手なのに、丁寧な口調の役柄を演じた途端、なぜか下手になってしまう。こうした問題は日頃から読書や人間観察を続けていれば解決できます。得た知識や情報は自分の引き出しにしまっておき、必要なときに取り出すことで対応できるはずです。
いろいろと話してきましたが、最後に伝えたいのは〝他人の評価を気にせず、見栄を張らないこと〟です。「こうしたら上手に聴こえるかな?」などと考えてはダメ。大切なのはハートです。上手な言葉ではなく〝生きた言葉〟を発してほしい。技術なんてものは、後からいくらでも成長します。だからこそ、ハートのこもったセリフを心掛けてください。
(2011年インタビュー)