【声優道】若本規夫さん「『いい子』はいらない。眠れる『野性』を解放しろ!」

マイクの奪い合いで小突き合い!!
昔は荒っぽい現場でもあった

昔の現場っていうのは、ちゃんとヒエラルキーがあってね。主役、敵役、脇役、さらに裾野という階級意識が、今よりもはっきりしていた。仕事が終わって飲みに行ったりするときにも、そのヒエラルキーのまま座るわけよ。その頃の僕なんかは、もちろん末席だったんだけどね。みんな金がないから、安い店に行くんだけど、昔は〝安酒〟って、悪酔いしやすい質の良くない酒が多かったんだよ。だから、最初は機嫌良く飲んでいるんだけど、30分もすると、それまで互いに褒め合っていた先輩たちが「おい! お前のあの芝居は何なんだよ」「お前こそ、何なんだよ」ってケンカが始まっちゃう。最初は機嫌がいいんだけど、最終的には修羅場でね(笑)。でも人間くさい世界で、僕は好きだったね……。

そういうときに、僕たちは先輩から説教されたりしてね……。あと、ディレクターやプロデューサーも飲みの席に来るんだよ。そうすると、そこで何とか組、何とか一家みたいな、枠組みができちゃってね、ほかのヤツは入れないみたいな雰囲気が現場にも影響していた。妙な世界でもあったんだ……。とにかく現場は戦場でもあった……あの頃は。マイクが3本くらいしかなくて、そこでも上下関係があるから、先輩たちは体で邪魔して新人を入れさせてくれなかったりしたこともね……。僕たち新人も必死でさ、しょうがないから先輩の肩越しに声を入れるんだよ。もちろん、今はそんなことは起こらない。皆さん、スマートでマナーがいいから。でも行儀が良すぎて、切磋琢磨がないんだよね。昔は先輩を見て「この野郎! あと4、5年したらひでえ目に遭わせてやる」なんて思ってたよ。別に本当に復讐してやるってことじゃなくて、「今に見てろよ。見返してやるぞ」っていう意識が強かったんだよ。なんせ、僕たちが入ったばかりの頃は外画ばっかりで、西部劇とか戦争映画が多かった。まぁ、アクションものだから、女っ気もないラフな現場だったんだよ。マイクの奪い合いのどさくさで肘打ちしたりする人がいたりね(笑)。それこそ肉体的にも自分を出していかないともみ消されちゃうから。

仕事がパタ~ッとなくなったことをきっかけに
〝半端じゃない訓練〟を自分に課した

僕のデビュー作は、黒沢良さんの『FBIアメリカ連邦警察』。ときどき現場に呼んでもらって〝刑事1〟とかをやらせてもらったのがスタートかな。そのときのディレクターが中野寛治さん。最初のオーディションで僕を押してくれたあの人でね。そこからず~っときて、1980年頃の作品『特捜班CI-5』が一つのターニングポイントだったね。アクションもので自由に暴れる役で、キャラクターに夢中になれたのが印象に残っているよ。

アニメでのターニングポイントとなったのは『トップをねらえ!』。宇宙怪獣を迎え撃つ娘たちを指導する〝オオタ・コウイチロウ〟役で出演した。後は『銀河英雄伝説』。それまで、僕はアニメでは大きな役がなかったけど、80年代頃からぼつぼつ自分らしさが出てきたのかなって感じだね。でも、下手くそだった……。今でも、あの頃の作品はとっても見てられないよ、下手で。(自分の仕事に)満足できたのは50歳過ぎになってやっとだよ。「この世界で一生やれる」と思えたのが、55、56歳のときだったかな。

一時期、仕事がパタ~ッとなくなった時期があってね。レギュラー以外の仕事がなくなってしまって「これは何なんだろうな?」って思った。そこで、自分の出演した作品を片っ端から聴き返してみたんだ。そしたら、やっぱり制作側のリクエストに応えられていなかったんだよね。そのことをきっかけに〝声優としての鍛錬〟を根底から見直してみた。それまでにやっていた中途半端なトレーニングを、50歳頃から〝半端じゃない訓練〟革命的な修練というのか……。とにかく、いろんなところに顔を出したな。人から「あそこに、こういうことを教えてくれる人がいる」って聞けば飛んで行ってね。やったものを挙げればキリがないくらい。西野流呼吸法をやったり、声楽をやったり。古神道の祝詞もやったね。古神道には特有の呼吸法があるんだよ。〝声〟というのは〝体〟から出るものだから、体を鍛錬しなきゃダメ。呼吸筋が伸縮自在じゃないと〝いい声〟は出ないし、スタッフの要求にも応えられない。声を自在に操作するためには、抑揚をつけながら5行くらいのセリフを一気に読めるくらいの呼吸量をもっていないとね。声を自由に操作できてくると、役が何倍にも膨らんでゆくんだ。

訓練法では3年や5年、10年以上続けているものもたくさんある。大道芸の親分で久保田尚さんという人がいてね。〝地べた〟の話法の研究をしているときに、その人の本を読んでいたら「興味がある人は電話ください」って書いてあってね。そこに電話したら「日曜日に稽古をしているから来なさい」と言われて行ったのが、その人との出会いだった。そこには5年通ったんだけど、これはある種今の若本の話法の基本の流れになったね……。その久保田さんって先生は名人だった。その人の口上(※1)が絶妙で、今でもナレーションをやるときは役に立っている。僕みたいなセオリー無視なナレーションをやっている人はほかにはいないと思うよ。世界で若本だけ(笑)。僕のナレーションっていうのは、テレビの向こう側に話しかけるんだよ。つまり視聴者のハートに浸透するように……。今の時代、アドリブをやる人ってなかなかいないし、ましてやナレーションでアドリブをやるなんてね。僕は台本を根底から変えちゃうこともある……。台本を書いたライターからは「今、どこをやっているのか(しゃべっているか)わかりません」って言われたりするけどね(笑)。

※1:芝居で舞台の上から、出演者などが、観客に対して行う挨拶や出し物の説明などのこと