【声優道】井上喜久子さん「技術よりも心を」

悩みぬいて落ち込んだ結果生まれた「井上喜久子2号」という存在

今までいろいろな作品に出演してきて、どの作品もあふれるような想いがいっぱい詰まっているんですが、なかでも『ああっ女神さまっ』は私にとって初めていろいろな出来事が起きた作品でした。イベントに出させていただいたり、歌を歌わせていただいたり、たくさんのお手紙をいただいたりしましたね。はじめの頃、私は声優というのは裏方の仕事であって、人前に出ることはないと思っていたんです。ところが取材でグラビア撮影などもすることになって、そうでなくても写真に撮られるのが苦手なのに、「ほほ笑んでください」と言われても、笑い方がわからなかったんですよ。笑おうとすると面白いことを思い出して笑うしかないので、とても写真に使えないような顔になってしまうんです。目をぱっちりと開けてほほ笑むということができなかったので、よく「困っているんですか?」と聞かれました。そういう顔に見えたんでしょうね。

『声優グランプリ』には創刊号から出させていただいてるんですが、創刊したときには衝撃的でしたね。あんな大判サイズのグラビア写真で声優を紹介するなんて、それこそ考えてもみなかったんですよ。昔のアイドル雑誌のような雰囲気で、友達のかわいい写真がいっぱい載っているので、自分が出てなくても見るのが楽しかったんです。自分の写真は見ると恥ずかしくなるので、自分が載ってないほうが気が楽だったかも(笑)。

そんな私が、今ではコスプレとかしているんですから不思議ですよね。もう何年も前の話だと思うんですけど、それまではヒロイン役などをやることもなく、お姉さんやお母さんといった大人の女性の役が多いような、地味なタイプだったんです。自分でもそういうポジションが居心地がいいと感じていたんですが、いろいろと演技で必要以上に悩むことも多くて、考えすぎて悩みを育ててしまうようなところがあったんです。

そんな感じで落ち込んでいるとき、地元の友達に誘われてスポーツクラブに行ったんですが、体を動かして汗を流してふと休んだときに、霧が晴れたような爽快感があったんです。暗いトンネルを抜けたら、そこにまぶしい春の国が広がっていたような感じですね。そのときに「こんなに悩んでばかりいても良くない」って思ったんです。その場で「私、井上喜久子2号になる!」って宣言したんだっけ?(笑)。

それから、いろいろなことを楽しんでやれるようになったんです。よくいうように、過去の井上喜久子は変えられないけど、未来は自分で変えられるじゃないですか。ほんとにその日を境に、性格も考え方も変わりましたね。人間の性格って、変えようと思えば変わるんですよ。自分も笑顔でいたいし、周囲の人にも笑顔になってほしいし、そのためなら何でもできるって思えるようになりました。

「井上喜久子、17歳です」と自己紹介するようになったのも、その頃からですね。女性は年齢を重ねていくことがマイナスイメージにとられることが多いんですけど、年齢なんて笑い飛ばせるようになったほうがいいじゃないですか。でも「井上喜久子、17歳です」だけだとただのウソツキになっちゃうので(笑)、「井上喜久子、17歳です。おいおい」というセルフツッコミまで含めて、お約束として覚えてもらえたらうれしいです。すでに芸歴が17年を越えてしまいましたから、実年齢との間で揺れ動く17歳なんですけどね(笑)。

どんな役でも演じる心構えは一緒
たった一言の挨拶にも愛情を込めて

ここ最近はものすごく怖い役や悪い女役が増えてきましたね。私生活では絶対に口にしないし聞くこともないようなセリフが言えるので、演じていても楽しくてわくわくします。そのきっかけになったのは、『キャプテン翼』だったんじゃないかと思います。「井上喜久子は男の子役もできるんだ。あの声が出るんだったら、こんな役もできるんじゃないか」と思った方が、声をかけてくださるようになったのかな。そういう意味では『キャプテン翼』が一つの転換期になりましたね。男の子役からクールな女性、そこからさらに悪女になって、というふうに、徐々に幅が広がっていったんです。そういういろいろな役に巡り会えることは、声優冥利に尽きますね。

ただ、どんな役でも演じるときの心構えは一緒ですね。言葉にしてしまうとあまりにも普通なんですが、心を込めて、心からの言葉をしゃべるようにすること。文字を声に出して読むって誰にでもできることだし、うわべだけのセリフをしゃべることもできてしまうんです。そのセリフにどれだけ心を込めるか、心の底から真剣に思ったセリフを言うかがポイントじゃないかと思います。

自分でもどうやったらそうなるのかよくわからないんですけど、その気になりやすいっていうのはあるかな。どんな役でもセリフをしゃべっているうちに、自分がそのキャラに変身したような気になっちゃうんです。頭で考えすぎるとそういう勘が鈍くなっちゃうような気がするので、どんなものにでも感情移入できるような心の柔らかさをもっておきたいですね。そのためにも、何げない日常生活の一瞬一瞬を、心を込めて生きていきたいと思っています。たとえば家族に「おはよう」と言うときに、ただ口先だけで挨拶をするのと、今日も一日元気に朝を迎えられて幸せだねっていう気持ちを込めて言う「おはよう」は、ぜんぜん違うじゃないですか。「ありがとう」でも「おいしかった」でも、そうやって愛情をたっぷり込めて言うこと。日常生活の中で起こるいいことも悪いことも、しっかり受け止めていくこと。そういう経験を、いつかお芝居に生かしていけたらいいですね。もちろん、いろいろな本を読んで知識をつけたり、技術を磨いたりということも大切なんですけど、それ以上に心を大切にして演じていきたいと思います。

あと、ラジオもいろいろとやらせていただきましたが、初めてラジオ番組のパーソナリティをしたときはまったくしゃべれなくて、そんなつたない番組でも応援してくださるリスナーの皆さんがいらっしゃって、おハガキなどもたくさんいただきました。私が「井上喜久子、17歳です」と言った後には、ラジオに向かって「おいおい」と突っ込んでいてくださったんじゃないかと思います。皆さんからのおハガキやメールを通して、そういう交流が感じられたのも、すごく楽しい思い出です。これからも「おいおい」と突っ込んでくださいね(笑)。

(2010年インタビュー)