【声優道】高木 渉さん「広い世界に飛び込んでみよう」

アドリブを入れるのは現場を面白くするため

『緊急発進セイバーキッズ』あたりから、少しずつアニメスタッフさんとも一緒にご飯に行くようになって。東京ムービー(現、トムス・エンタテインメント)のプロデューサー・吉岡昌仁さんとも、よく飲みながら、アニメが作られるまでの話とか、物作りに対する思いとか、いろいろお話をうかがいました。そして、1996年『名探偵コナン』が立ち上がるときに、吉岡さんが、元太役にいいんじゃないかと僕を推薦してくださったんです。当時の僕はガキ大将的な役はやったことがなかったのですが、今ではすっかり僕の代表的なキャラクターになりました。吉岡さんが、元太という僕の役者としての新境地を開いてくれたわけです。『名探偵コナン』も今ではすっかり僕のライフワークになっています。

そして同じ頃『機動新世紀ガンダムX』のオーディションで主人公のガロード・ランにも決まりました。この年は僕にとって大きなステップアップの年になりましたね。たくさんの人に恵まれ、助けられました。

僕はよくアドリブの名手だと言われることがあるのですが、実はそんなことはないんです。むしろ僕は不器用でそんなにポンポンと言葉が出てくる人ではありません。そもそも僕は、本来アドリブは必要ないと思っているんです。作家さんがしっかりドラマを作って計算して台本を書かれているわけで、台本と違うことをしゃべったら相手役にも迷惑をかけてしまいますしね。そこに書かれてあるセリフどおりに、心を込めてしっかり演じるのが役者だと思っています。ただ、芝居とはいえ生物ですから、それだけではないとも思っています。また、収録現場の空気は観ているお客さんにも伝わると思っているので、現場の空気はいつも楽しくありたいと思っています。そのために何か変えることや加えることが必要だと思ったら、監督や相手役に相談するか、まずテストでやってみます。そして監督からいらないと言われれば本番ではやらないし、「それ、いただき!」となればやります。そんななかで生まれたのが高木刑事かもしれません。あとで「目暮警部の右腕になるような刑事を探していたんだよ」とスタッフさんからも言われてうれしかったし、何でも思ったらやってみるもんだなぁって思いました(笑)。

あと、アドリブといえば同じ頃に放送していた『ビーストウォーズ』の存在はすごいですね。あれはもう皆さんやりたい放題でしょ(笑)。実はあれも、無法地帯のようでそうじゃないんです。「無音のシーンがあったらとりあえず何かアドリブで埋めてください」という無茶な設定のなかで、「テストのときにみんなが笑わなかったら、台本のセリフに戻ってはいけません」という、暗黙のルールがあるんです。どういうことかというと「この台本はアンゼたかしさんという翻訳家がしっかり考えて訳したものであって、そのセリフを変えるならば、それ以上に面白いものにしてくれ」と。「それが面白くなくて受けなかったからといって元のセリフに戻るのはダメです。翻訳家に失礼でしょ?」ということなんです。だから無音のシーンはともかくとして、セリフの部分は意外とアドリブするのに勇気がいるんです。 そういう「心してアドリブしなさい」という厳しさが『ビーストウォーズ』の中にはあったから、きちんとドラマが成立していたんだと思います。もう収録中は相手が何言うかわからないから、セリフを聞こう聞こうって集中するんですよ。セリフの掛け合いも鍛えられる、瞬発力が必要な現場でしたね。

大河ドラマへの出演が恩返しになればと

声優も今やアニメや洋画の吹き替えやナレーションのほか、ラジオのパーソナリティ、歌手、イベント、ゲーム、舞台、バラエティ番組や執筆など、さまざまなジャンルで活躍するようになりました。これから声優を目指していく人たちはもっともっと広い世界に進出していくことになるんでしょうね。そこには何かしら新しい出会いがあるでしょうし、いろいろやってみて自分に合ったものを続けていければそれでいいんですから、何でもやってみたらいいと思います。

僕は、大河ドラマ『真田丸』に出演させていただきましたが、僕にとって大きな転機となったのは2009年にNHKで放送された連続人形活劇『新・三銃士』でした。三谷幸喜さんと初めてお仕事させていただいた作品です。そこからPARCO劇場での三谷版『桜の園』への出演、そして再びNHKの人形劇『シャーロックホームズ』でお仕事させていただき、そのときに「来年の大河で、高木くんに合う役があるんだけどやってみないか?」とお誘いを受けました。僕にとってはゆっくりとした時間のなかで、何か一つずつ新しいことを挑戦させてもらえている、そんなとても有意義で刺激的な時間でした。

声優である前に俳優であれという意味では、声優も映像の世界も「演技をする」という意味で同じだと思います。でも実際は収録の仕方が違うので、何もかもが初めての体験でした。これは僕の個人的な考えですが、1本の作品が作られていく過程で、声優の仕事というのは9割方映像が出来上がってからの仕事です。一方、映像の世界は一つのシーンでもさまざまな方向から撮影をして素材を作って、そこからいろいろと編集されて作品が出来上がるので、役者の仕事としては製作過程の中でも前半のほうに位置していると思うんです。しかも最終的にどの映像が使われるかわからないし、今の僕にはどんなふうに自分が映ってるかもわからないので、いつも撮影時に気が抜けません。精神的な持久力も必要とされる仕事だと思います。

さらに、アニメや洋画は、感情表現もすでに絵の中にあるので、いわゆる合わせるという仕事をします。収録時間も30分ものアニメでだいたい2、3時間、洋画のような長尺でもだいたい1日ですべての収録を終えてしまいますし、膨大なセリフを口パクの尺に合わせるという仕事をするので台本は基本いつも手に持っています。一方、映像の世界はまずセリフがしっかり頭に入っていないと仕事にならないし、相手の役者さんともその場で芝居を作っていきます。微調整を繰り返しながら、ときには台本1ページを1時間くらいかけて撮影していきます。スタジオだったりロケだったり、時間も朝早くから夜中まで撮影しているのでとても根気のいる仕事です。どちらも集中力と瞬発力、持久力が必要な世界だとは思うのですが、それぞれに違う部分を鍛えなければできない仕事だと感じます。

僕は、49歳にしていろいろな新しい経験をさせていただいてます。不器用なのでうまくできなくてへこむことも多いですが、恵まれた環境にいる幸せ者です。少しずつでも自分の中で常に前進していたいと思ってます。好きこそ物の上手なれです。これから役者を目指そうとしている人たちも、一生懸命やっていれば自然と自分の進むべき道は見えてくるような気がします。僕も、応援してくれている声優業界やファンの皆さんに、頑張っている姿を見てもらって恩返しができたらと思っています。

(2016年インタビュー)