【声優道】野沢雅子さん

演技力の土台を築くのは経験から得た自分の引き出し

これまで多くのオーディションを受け、多くの役を演じさせていただきました。このため、しばしば取材において役作りのコツを尋ねられることがあります。しかし申し訳ないのですが、実は私、アニメに関して役作りをしたことが一度もないんです。通常、オーディション会場に行くと、最初に演じるキャラの育ちや性格などの説明があり、キャラのビジュアルを見せられます。ここで初めてどんな声なのかを想像し、マイクに向かう直前で自然に役に入り込んだ声で固まる。熟考した末の声よりも、第一印象やインスピレーションを大切にしています。

これが幸いにも、原作者・ディレクター・プロデューサーの抱くイメージと違ったことがありません。まるで、いつの間にかアニメの天使が私のもとに舞い降りて、「声優はアンタの天性の仕事なのよ」とささやかれたような気さえしました。

私の場合、声をあてる前に「無」の状態のほうが入りやすいんですよ。役作りをすると、ほかの役を演じるときに、以前に固めた役を上手に取り除くことができないからです。そのため声がミックスされてしまい、自分が本当に表現したかった演技とは異なってしまうんですよね。

『ドラゴンボール』で演じ分けた悟飯や悟天の声も自然に生まれたものでした。親子だから悟空と声が似ているのは当然ですが、山の中でじっちゃんに育てられた悟空と教育ママのチチに育てられた悟飯と悟天では、まったく環境が違う。だから当然、しゃべり方も変わってきますよね。これを自分で強く想像し、意識して声を変えるのではなく直感で発声していくのです。

もちろん、役作りの取り組みは人それぞれです。多くの方は丁寧に役作りし、作品ごとに声を切り離せます。これができる人は素晴らしいと思います。なかには「役に入り込みすぎて、私生活でも役の影響が出てしまう」という人もいらっしゃるほど。その点、私はまったく心配ないですね。スタジオを出たら、すぐに野沢雅子に戻りますから(笑)。

その代わり、スタジオ内では完全に役になりきっています。いや、なりきるのではなく、私は役そのもの。スタジオでの私は悟空なんです。だから演技じゃありません。私は悟空なのでかめはめ波だって撃てるし、自由に空だって飛べる。「オラできるんだ!」って感じですよ。つらい修行を耐えてきた悟空である私は「実際にかめはめ波を撃っているような声」を考える必要もなく、現場では自由に撃つことができるんです。「役に入り込むこと」と「役を演じ分けること」、どちらにも必要なのは自分の引き出しを増やすことだと思います。そしてまた、演技力に重要な引き出しは、その人のもっている才能や実力だけでは決して増えません。

では、どのようにすれば引き出しが増えるのか? 必要なのは何といっても日常生活のウォッチングとリスニングです。移動中の電車内や外食中の店内にいるときなど、周囲の人の話し方や声に耳を傾けてみましょう。そして見聞きしたものを自分の引き出しに入れていく。この引き出しからミックスして演技に臨むのです。自己完結の演技では幅が狭くなってしまいます。声優を目指すのならば、さまざまな経験から得たものを咀嚼して自分のものとして消化し、演技に活かす姿勢が大切だと思いますよ。

名セリフ「オッス、オラ悟空」はCM収録のアドリブで生まれた

これまで多くの作品に出演させていただきましたが、長年仕事を続けていると取材などで必ず聞かれるのが「思い入れのある出演作はなんですか?」という質問です。どの作品にも強い思い入れがあるので、この質問に答えるのは本当に難しいんですよ。しかし、どうしても選ばなくてはいけないとしたら、『ゲゲゲの鬼太郎』、『銀河鉄道999』、『ドラゴンボール』の3作品を挙げるようにしています。

これらはいずれも大ヒットした作品です。『ゲゲゲの鬼太郎』は〝第一次アニメブームの火付け役〟といわれた作品ですし、初めて私がイベントに参加した作品でもあります。『銀河鉄道999』の盛り上がりも想像を超えるもので、劇場版のときには映画館の入り口のドアが閉められないほどにお客さんが集まってくださいました。

同様に、『ドラゴンボール』も国民的アニメとなりました。現在でも劇場版やゲームなどの収録があるので、いまだに『ドラゴンボール』はシリーズを終えた気がしません。

最初の放送を観ていたドラゴンボール世代はすでに社会人になっています。そんな彼らと現在、現場で一緒に仕事できるなんて、不思議であると同時に何とも幸せな気持ちです。

その一方で、『ドラゴンボール改』など新シリーズも放送されました。リアルタイムで視聴している子供が今でも存在するわけで、これは本当にうれしいことです。関わったアニメを広い世代に伝えられたときは、声優を続けていてよかったと思える瞬間ですね。

ちなみに「オッス、オラ悟空」という挨拶はアニメから生まれたオリジナルのセリフで、『ドラゴンボール』のCMを収録した際、私がアドリブで何げなく言ったところ、面白いと採用されました。それ以降、この挨拶が有名になったため、原作でも使用されているのだと思っている人も多いようです。