【声優道】古川登志夫さん「名優が見せる”プラスアルファの演技”」

完璧だと思えるまで練った演技プランの上に自分ならではの何かをプラスしていきたい

今、養成所で勉強している人たちと接する機会が年に1〜2回あるんですが、時間が限られているので、今までの仕事で自分が蓄積したエッセンスを一つか二つ語って終わってしまうことが多いですね。伝えたいことがいっぱいあって話し出すときりがないんですが、僕の場合は舞台に出ていたという経験が役に立っているなと思います。どこの養成所でも基礎レッスンの中に舞台のメソッドが組み込まれていますよね。もちろん、声優になりたい人は全員舞台に立つべきと言っているわけではありません。でも、僕が30歳過ぎてから右も左もわからない状態で始めた声優という仕事を今までやってこられたのは、それまで舞台に立っていたという経験があるからだなと思うんです。

舞台でもドラマでも声の仕事でも、演じることの基本は皆同じなんです。もちろん声の仕事では、体を動かしてはいけないとか、マイクの指向性を考えて演技するとか、細かいテクニックは必要になりますけど、それもまずは演技ができてこそなんじゃないでしょうか。誰でもキャラクターを演じる際には、まず台本を読んで、どんなキャラクターなのかイメージを作りますよね。その演技プランに、自分が演じたらこうなるという「プラスアルファの演技」を乗せたいんです。そうしないと、誰が演じても同じっていうことになっちゃう。個性と言えば個性なんですけど、僕は「プラスアルファの演技」と呼んでいます。これでこの役は完璧だと思えるところまで演技プランを練り込んで、そこにさらに「プラスアルファの演技」を加味することで役が生きてくると思うんです。

名だたる先輩方の演技を見ていると、意識しなくてもそういう演技になっているような気がします。それが「○○節」と呼ばれるような、その人なりの味になるんですよね。たとえば山田康雄(※3)さんのルパン三世は、「不二子ちゃ〜ん」というセリフにしろ、「ルパン三世」というセリフにしろ、絶対にほかの人が考えつかないようなリズムとアクセントでしゃべるじゃないですか。僕は『ルパン三世 風魔一族の陰謀』で一度だけルパンを演じたことがありますが、そのときは「山田さんの演技は絶対にまねしないぞ。古川登志夫ならではのルパン三世を演じるんだ」と思っていたのにも関わらず、あの絵を見た瞬間にうっかりまねしてしまうんです。僕自身、山田さんに憧れてもいたし、僕の中のルパンのイメージが山田さんの声で固まっていたというのもあるんでしょうけれど、無意識にまねさせてしまうって、人間国宝級のすごさですよ。

永井一郎さんにしたって、テストと本番と演技を変えてきたりして、いったいどれだけの演技プランをご自分の中にお持ちになっているのかと驚嘆させられます。笑い声一つとっても、「ははは」「ひひひ」「ふふふ」といった、ありきたりのハ行の音を使わないんですよ。そういう方々と比べるのもおこがましいんですが、自分の演技は何てシンプルでストレートで工夫がないんだろうとがっかりさせられますね。僕もそういう先輩方のような境地を目指してはいるんですが、役者の仕事は修行に終わりがないので、死ぬまで頑張ってもたどり着けないかもしれませんね。これだけいろいろな役を演じてきているのに、「これは会心の出来です」と胸を張って言えるものはほとんどないんですよ。

※3:山田康雄(1932-1995年)・・・初代『ルパン三世』を務めた声優。外画ではクリント・イーストウッドの吹き替えで有名

演技をするときは自信を持ちつつも慢心になってはいけない

ゲームやリメイク作品で、若い頃に演じた役をもう一度演じることがあります。20年ぶりに『機動戦士ガンダム』を再録音したとき、前と同じ演技を再現できるか不安だったんですが、富野由悠季監督は、「昔のままの演技ができなくても構いません。そこに20年分の蓄積を加えてもらえれば」とおっしゃったんです。20年分の蓄積って僕自身の内面のことで、形として目に見える物じゃないですよね。余計に難しい。結局違ってしまってもいいんだと都合良く解釈して演じましたけど。

演技するときは自信をもって演じなきゃいけないんだけど、慢心になってしまってもいけない。そういうバランス感覚も求められるし、大変なんだけどすごく面白い仕事だと思いますよ。僕自身も常に上を目指していますが、若い世代の人たちの中から諸先輩方のような「プラスアルファの演技」が自然にできるようなすごい人が現れてくれるのを楽しみにしています。

(2010年インタビュー)