【声優道】草尾毅さん「技術だけの声優がぶち当たる壁」

言葉が通じなくても想いは伝わっていく

「N.G.FIVE」のときはドカーンと人気が出ちゃったせいで、僕がものすごく生意気でワガママなヤツという印象をもっている方もいらっしゃるんですよね。たしかに20代の頃は声優業界で生き残っていくために「ここで引いたら負けだ」みたいに構えていた部分はありますが、実際には納得のいかない仕事でも頼み込まれて受けることも多かったし、どんなに不満があってもお客様の前ではできる限りの最高のパフォーマンスを見せてきました。愚痴みたいになっちゃいますけど、あのときもうちょっと環境が整っていたら、時代が違っていたらという残念な気持ちはありますね。でもそういう経験があったからこそ、今笑えているし、笑って話せるように努力もしてきたつもりです。

僕らだけじゃなくて、先輩方の話を聞くと、皆さんそれぞれの時代でそういう思いを味わってきているんです。もう声優という仕事が生まれた頃から今まで、ずっとそういう状況が続いているんです。これからこの業界に入ってくる人も、そういう納得のいかない思いをして気持ちがくじけてしまうことがあるかと思います。でも、そういう業界なんです。声優業界に限らず、理不尽な思いをすることはどんな仕事でもあると思います。そんな状況を変えたいと思うなら、声優だけでなく、マネージャーやこの業界を取り巻く人、みんなが一丸となって行動しないとダメでしょうね。それが今後の声優さんたちに残されている課題だと思います。僕らはそこまでのエネルギーはなかったけど、業界の理不尽さを表面化させるという意味で少しは役に立てたんじゃないかな。そんな状況のなかで生きていくには、自分の夢を忘れずに頑張っていくしかないのかなと思いますね。

話はちょっと飛ぶんですが、先日、上海のイベントに参加してきたんです。そこでもこういう話をさせていただくために、スタッフの友達にお願いして『NG騎士ラムネ&40』の主題歌「めざせ!1番!!」を歌わせてもらったんです。歌詞の内容が「絶対に自分を信じて諦めるな」というものだったからなんですが、会場に集まった上海のファンの方たちもみんな理解してくれたんです。言葉は違っても思いは伝わるんだっていうことを改めて感じて、僕のやってきたことは間違ってなかったんだという実感がありました。やっぱり、どうしようもなく理不尽な思いをしながら、そこからはい上がってきた人の言葉って、説得力が違うと思うんです。だから、これからも理不尽な思いをしてくじけそうになっている人がいたら、僕は「甘えるんじゃない」って後ろからぶん殴って、ハッパをかけてやります(笑)。それがこの業界での、僕の役目の一つだと思うんですよ。

「演じるとは何か」の土台を作らないと声優として生き残ることはできない

30歳を過ぎた頃から、自分が何をやっても満足できなくなってしまったんです。思うようにしゃべれない、思うように演じられない、どう演じても何か違うような気がするという状態になってしまいました。僕にそういう気持ちがあるものだから、製作スタッフの方々も「草尾はどうしたんだろう」と感じるようになるし、実際に仕事もどんどん減っていきました。すべてのことが八方ふさがりで、どうしたらいいのかわからない状態がそれから10年くらい続きました。それが40歳くらいになって、「もうこれだけ悩んだんだから、いいか」みたいに振り切れたんです。そこからまたちょっと光が見えてきた感じですね。

そういう時代もあり、この業界に入った頃と今の自分を比べると、演技に対するスタンスや芝居に対する思いが、それこそ想像できないくらい変わってきました。だからこれからもどんどん変化していくとは思うんですが、今現在の僕が思っていることを言わせてもらいます。昔の僕ならこんな言い方はしなかったと思うんですが、今の状況を踏まえて、さらにこれから声優を目指す人たちのことも見据えて、誤解を恐れずあえて言います。

僕は、「声優」って役者じゃないと思うんです。アテレコは芝居じゃなくて、いい声で絵にぴったり合わせてしゃべる技術であって、それができる人間なら誰でも声優になれるんです。深夜アニメなどを観ていて、何でみんな同じような声で、同じような演技をするんだろうと思いませんか。でもそういうアニメを見て育ってきた世代の人たちは、アニメってそういうものだろうと思い込んでしまってるんです。実際、多くの養成所でそういう技術を教えていて、それができる人たちが新人声優としてどんどん世に出てきています。

だけど、それだけでは声優としての寿命が1年2年で終わってしまう。「演じるってなんだろう」「役を作るってどういうことだろう」という壁にぶち当たるんです。「演じるとは何か」「表現とは何か」という自分なりの土台をすでに作っている人が、いい声で絵に合わせてしゃべる技術を会得したら、そこから生まれてくるもの、印象に残るものが全然違うんです。多分、僕らが子供の頃に観ていて「漫画がしゃべってる!」と思わせられた、大人になっても忘れられないキャラクターを生み出せたのは、声をあてていた人たちがみんな「演じるとは何か」という土台をもっていたからだと思うんです。

だから声優を職業として続けていくなら「演じるとは何か」という命題は絶対に避けて通れないんです。その土台の上に声優としての技術が乗って、初めて本来の「声優」と呼ばれるものになると僕は思っていますし、そう教えられてもきました。今は、声優になりたい人はたくさんいます。たとえ技術しかなくて2年くらいしか使い物にならなくても、すぐ次の新人声優が出てくるので。自分で学んでいく、「演じるとは何か」という土台を試行錯誤しながら作っていく能力がなければ、生き残っていけないんです。

そういう意味では、今後はどんどん声優にとって厳しい時代になっていくでしょうね。僕も「演じるとは?」「表現とは?」ということを探求し続けていきたいんですが、その答えがいつわかるのかといったら、一生わからないんじゃないでしょうか。それでも追求し続けて、さらに声優としての技術も磨いて、僕が小さい頃に観ていたアニメの声優さんたちに一歩でも近づけるように、精進していきたいと思っています。

声優っていうのは基本的に裏方の仕事なので、皆さん表に出せない部分をたくさんもっていると思います。それぞれの歩いてきた道も十人十色なので、いろいろな考え方をする人がいらっしゃると思います。だから声優を志す皆さんには、たくさんの方の声優道に触れてほしいですね。そのなかで、僕のこの記事を読んで何か感じてくださる人がいたらうれしいです。

(2012年インタビュー)