「二度とアニメはやらない」はずが……
シャアというキャラクターとの出会い
洋画のアテレコに多少は慣れた頃、アニメの現場に初めて行ったときは、またびっくりしましたね。洋画は原音を頼りにできるんだけど、アニメは音を自分で作らないといけないから、最初は慣れるのに一苦労でした。
アニメに出るようになったきっかけは、知り合いのディレクターと1年間くらい一緒に飲んでいたこと(笑)。ずっと誘われ続けたので「じゃあ、1回だけ」と言って、『無敵鋼人ダイターン3』という作品にゲスト出演させていただきました。これがもう、えらい目にあってね。もう二度とアニメなんかやるもんかって思いましたよ。『ダイターン3』にゲストで出てくる敵キャラクターというのは、最初は人間の姿で出てきて、途中で変身して怪獣みたいな姿になるんです。僕はそれをよく知らないで行ったものだから「え? この怪獣も俺がやるの?」って(笑)。「怪獣になったら、ほかの人がやってくれればいいじゃない」って、真剣に思っていましたね。その当時の僕の引き出しになかったですから、怪獣というのは。だから、いきなりの怪獣役で大変な思いをして「もう嫌だ、疲れた」って。いい経験にはなりましたけど、二度とアニメはやらないと思ったのはそういう理由があったからです。
僕が『ダイターン3』に出たのはシリーズの終わりのほうで、そのときにはもう次の企画が動いていたんでしょうね。また同じディレクターに「飲みましょうか」と誘われて、そのときに僕は「もうアニメはいいです。オーディションなんて、二度とやる気ないですよ」と言うつもりだったんだけど、気が変わったのはそのオーディションの作品……『機動戦士ガンダム』の、シャア・アズナブルというキャラクターを見たときでした。
これがもし、うまくアニメの世界に入れて、その延長線でシャアと巡り合っていたら、違う形になっていたかなという気がしますね。最初に二枚目を演じていたとしたら、シャアを見ても「ああ、あの二枚目の延長線ね」くらいにしか思わなかったかもしれない。あのとき『ダイターン3』で怪獣をやったから、シャアを演じたいという気になったのかもしれないなと。そう考えると、「もういいや」と思ったからよかったんですよね。これは今になって発見したことですけど(笑)。
それで「オーディションを受けさせてください」と言って、シャア役に決まったのはラッキーでしたね。ただ、最初は正直、気恥ずかしかった。だって、キザじゃないですか(笑)。「何言ってんの、こいつ?」というセリフばかりで。それをどう乗り越えるかといったら、平気になることしかないですね。たとえば「認めたくないものだな、自分自身の若さゆえの過ちというものを……」という第1話ラストのセリフなんて、もっと印象づけよう思ったら、いろんなやり方があるわけですよ。でもそれは富野(由悠季)さんも音響ディレクターの松浦(典良)さんも要求しなかった。いい悪いという問題じゃなくて、僕がああいう出方をしたらそれでOKだったから、平気な顔をしてやっていましたね。そのうち10本くらいやると方向が決まってくるじゃないですか。決まっちゃったら、こっちのもの。富野さんも音響監督も好きなようにやらせてくれて、あまりいじられなかったのもラッキーでした。
ライバル心をもって切磋琢磨した現場
徹ちゃんとは当時あまり口をきかなかった
『ガンダム』の現場は永井一郎さんやチャコ(白石冬美)さんのようなベテランの方もいて、二人とも好きにさせてくれる人たちだったから、先輩にも恵まれましたよね。あとは鈴置洋孝とか、鈴木清信とか、同年代の連中は僕とそんなにアニメのキャリアが変わらないわけですよ。お互いに切磋琢磨して、いい雰囲気でしたね。ただ、ライバル心もありましたよ。(古谷)徹ちゃんは徹ちゃんで、彼が言ったわけじゃないですけど、僕に対してライバル心があっただろうし。そういうライバル心は作品にも出ていましたよね。スタジオでも連邦(※1)は奥に座って、ジオン(※2)は手前と、暗黙のうちに分かれていました。だから徹ちゃんとはあまり口もきかなかったです。もちろん挨拶はしますけど、1年間まず会話することはなかった。むしろ最近ですよね、話をするようになったのは。要するに、彼が飲むようになってから(笑)。
以前に『声優グランプリ』に載っていた対談で、徹ちゃんが「自分が主役なのに、必ずライバルキャラの人気が出る」と怒っていたそうですね。ああ、そうでしょう(笑)。でも、変なフォローの仕方かもしれないですけど、観る人がちゃんと観れば『ガンダム』はアムロ・レイの物語であって、彼の「ララァにはいつでも会えるから」というセリフが基盤なわけですから。「認めたくないものだな」でも「坊やだからさ」でもないわけです。しょうがないですよね。安彦(良和)(※3)さんがかっこよくシャアを描いちゃったから(笑)。それはもう勘弁してよ。俺のせいじゃないんだからさ。
『ガンダム』やシャアの人気は当時から感じていましたけど、僕にとっては他人事でしたね。疑り深いのかわかりませんけど「どうせ続きやしないよ」みたいな、冷めた目で見ていました。それが『Z』『ZZ』『逆襲のシャア』と続いて、最近では『UC』『THE ORIGIN』と出演しています。これはうれしい悲鳴というか、うれしい責任ですよね。最近は特に責任のほうが強いですかね。たとえば、舞台挨拶でファンの皆さんに会ったりして、「僕がやっていいの?」と聞いたときに「うん」と言ってほしいじゃないですか(笑)。そういうものを作らなきゃいけないなと。でも、僕が言うのもなんですけど、『UC』もスタッフ・キャストの皆さんが責任もってクオリティーの高い作品を作ってくださっていて、それがうれしいですよね。『THE ORIGIN』もまた、いいじゃないですか。「安彦さん、やるな」って(笑)。今度は若い頃のシャアを演じることになるので、大変なんですよ。しかも「若い頃もやらせてくれ」って、わざわざオーディションを受けてやらせてもらうことになったわけですから、これはちゃんとやらないといけない。だからタバコやめようと思っています(笑)。お酒は収録の前にはやめられるんですけど、タバコはなかなか……。
今後の目標ですか? 何もないですね。今は『THE ORIGIN』をちゃんとやりますというくらいです。第2章からシャアが出てきて、つまらなくなったと言われないように。途中でこけちゃうと、その先が作れなくなりますからね。でも、シナリオを読みましたけど、第2章も面白そうですよ。絵の状態もすごくいいですし、だからやっぱりタバコはやめないといけないですね(笑)。
※1:『機動戦士ガンダム』に登場する「地球連邦軍」の意
※2:『機動戦士ガンダム』に登場する「ジオン公国軍」の意
※3:『機動戦士ガンダム』のキャラクターデザインおよび作画監督を務めた
(2015年インタビュー)