【声優道】大山のぶ代さん「たくさんのことを教わった『ドラえもん』」

藤子・F・不二雄先生から
贈られたホメ言葉

『ドラえもん』に出会ったのは、声の仕事をしばらくお休みしていたときでした。『ドラえもん』の声をやってみないかというお話があったので、コミックスを買って読んだんです。表面的には子供向けのマンガという形になっていますけど、これは大人が読んでも面白いSFだと思いましたね。一晩で15冊を読み終えて、引き受けることを決心し、担当に言いました。そこから何度かテストを繰り返して、いよいよ収録に臨んだんですが、そのときのメンバーがそろったまま、26年間も続けることになってしまいました。のび太くん役の小原乃梨子さん、しずかちゃん役の野村道子さんとは今でも親友です。

『ドラえもん』ではキャスト陣で決めたことがあるんです。小さい子供が観る作品なんだから、悪い言葉は使わないようにしようということです。ジャイアンはいじめっ子なんだけど、「バカヤロー」とか「ぶっ殺す」みたいな言葉は言いません。ドラえもんのモノマネをしてくださる方が口にする「こんにちは、ぼくドラえもんです」というセリフも、実は私が考えました。台本では、ドラえもんの一人称は「おれ」だったんですよ。ドラえもんはいつでものび太を見守っているお母さんのような存在だし、未来から来た子守り用ねこ型ロボットなんだから乱暴な言葉は最初からインプットされていないと思ったんです。それでまず、のび太に対して「こんにちは、ぼくドラえもんです」と自己紹介をしました。勝手に変えちゃって怒られるかなと思ったんですが、演出家の方が何も言わずに任せてくださったのがうれしかったですね。

ただ、藤子・F・不二雄先生の原作コミックでは台本にあったような言葉遣いだったので、先生がどうお思いになるか不安でした。それで初めて先生にお目にかかったとき、「ドラえもんの声、いかがでしょうか?」って恐る恐る聞いてみたんです。そうしたら先生が「第1話を見ましたが、ドラえもんってああいう声をしていたんですね」とおっしゃってくださったんです。役者冥利に尽きるホメ言葉だと思いました。先生には別の声のイメージがあったのかもしれませんが、私の演じるドラえもんもドラえもんとして認めてくださったということじゃないですか。本当にうれしかったですね。

おじいちゃん、おばあちゃんが
マイク前に立つと小学生に変身してしまう

『ドラえもん』に関してはすごく入れ込んでしまっている私ですので、今でも一歩引いて語ることができないくらい思い入れのある作品です。私自身もドラえもん役を演じながら、ドラえもんにさまざまなことを教わりました。

感動的なエピソードになると、収録しながらつい涙ぐんじゃうこともありました。そういうときは涙がこぼれないように上を向いてこらえるんですが、気がつくとキャスト全員が上を向いて涙をこらえてたり……。スタジオではみんなマイクの前で横一列になって演じてますが、お互いの顔を見なくても対話が成り立っているからこそ、感動のシーンでは涙も出てくるんですね。そのうちに、この人達の前でなら泣こうが何しようが平気という気分になって、みんなで涙も鼻水も流しっぱなしにして収録してました。

無我夢中で演じているうちに26年たってしまいましたが、その間に2回も病気をしてスタッフやキャストの皆さんにご迷惑をかけることにもなってしまいました。小原さん、野村さんとは年に何回も旅行に行くくらい仲がいいんですが、収録の合間に「あのときの旅行は楽しかったわね」なんて話題に出して「いつも同じ話をして、おばあちゃんみたいだよ」と笑われたりもしました。でもよく考えたら、キャスト全員がすでに、おじいちゃん、おばあちゃんっていうような歳なんですよ。最後までメンバーの誰一人欠けることなく続けてこられたのは、一つの奇跡のようなものだと思っています。

26年間も変わらずに続けてこられたのは、『ドラえもん』が声の仕事だったからです。自分が顔を出して演じているドラマだったら、難しかったかもしれません。おじいちゃん、おばあちゃんがマイクの前に立つと、いきなり小学生に変身してしまう。それも声の仕事の魅力の一つだと思います。