声優の仕事は「声を作ること」ではなく「人物を作ること」
「人間の能力で最も素晴らしいものは想像力だ」と、先輩の寺山修司さんがおっしゃいましたが、声優の仕事も想像力が大事です。その人は誰なのか? その場所はどこなのか? 誰に対して何をしゃべっているのか?……それらを同時に表さないといけない。だから想像力が必要になるのです。普段お酒を飲まないのに酔っぱらいの役がうまい方もいますが、結局どんな役でも想像力があれば演じられるのです。
演技する際には、たくさんある選択肢の中から「これかな?」と選ぶ作業がありますが、私の場合、いちばんふさわしくない選択肢から考えていきます。
たとえばマスオさんを演じるとき、「こう演じたらダメだよね」という芝居からやってみる。ドスの効いたダミ声で「お~い、今帰ったぞ!!」とかね。それから、その反対のパターンで(優しい声で)「ただいま~。あ、タラちゃ~ん」とやってみる。そんな感じで、どんな役でもいちばんふさわしくないものから考えて、だんだん狭めていくといいのかなと思っています。
若い頃、こんな失敗がありました。洋画のアテレコの仕事で黒人役をやったとき、〝黒人〟というイメージだけで声を潰して「おい、お前ら!」ってセリフを言ったんです。そしたらディレクターさんから「声を潰しすぎ! 黒人だからって、そんな声じゃない。もっと、その人物の置かれた立場を演じてもらわないと……」とダメ出しされました。このときは恥ずかしかったですね。僕はアニメは大好きだったけど、洋画のアテレコがあまり好きじゃなくて、正直「こんなの、通過すればいいんだ」という気持ちがありました。それで、この映画の本質に迫ることもせず、外側だけのごく浅~い表現でセリフを言っていたんです。そんな自分が恥ずかしくて……。声優の仕事は「声を作ること」ではなく、「人物を作ること」。あのとき、ディレクターさんに言われて気づくことができて、本当に良かったと思います。
これだけ長く続けているマスオさんも
毎回「こうじゃない」と悩んでいる
僕が『サザエさん』に2代目マスオさん役で出演して、早40年になります。『それいけ! アンパンマン』のジャムおじさんは僕が初代で、こちらは26年続いています。だいたい1~2年で終わる番組が多いなか、『サザエさん』や『アンパンマン』のように長く続く番組はそうそうありません。まさに奇跡です。これらの番組に関わることができて、本当にラッキーだったと思います。
そんなマスオさん役ですが、これだけ長く続けていても毎回「こうじゃない」と悩みながら演じています。毎回キャラクターを作っているようなものです。台本を読んで「前に似たようなストーリーがあったな」と思っても、彼の置かれている状況は毎回違いますからね。
表現することはもちろん、スタジオに通い続ける自分を作ることも大変です。親からもらった体を大切にし、健康を保ちながら、毎回アフレコに行くということ。実は声優の仕事なんて誰でもできるけど、それを長く続けることが大変なんだ、表現しているときよりも普段のときの自分が大事なんだ、とつくづく思います。