【声優道】増岡 弘さん「声優の仕事は、人物を作ること」

声優を目指す人は
いろいろなことができないといけない

声優を目指す人は、いろいろなことができないといけません。たとえば旅番組のナレーションをやるとなると、日本の古い生活習慣のこと、一般常識、歴史的なことを知らないと、観ている人から「何言ってんの? この人は」と思われてしまいます。普段からいろいろな知識を吸収しておくことが大切でしょう。

そして、誰かのモノマネをしてみるといいと思います。セリフでもナレーションでも歌でも何でもいい。モノマネをして、それをテープに録音して自分で聴いてみてください。たとえば滝口順平さんのような個性的なしゃべり方とか、口を大きく開けないしゃべり方とか、いろんなしゃべり方を試してみると「あ、こういう表現もあるんだ」と気づきます。このように〝自分の中から他人を取り出す〟作業をしていくと、やがて自分が見えてくるのです。

人物を分けて演じてみるのもいいですね。増岡流の指導法で言うと、一人の人に10人分を演じてもらうんです。たとえば「番号!」という号令に続いて「1」「2」「3」……と10人分の返事をしてみる。次に、場所やシチュエーションを変えて同じことをやってみる。それを繰り返しやっていくと、将来自分が使えるキャラクターが必ず出てくるんです。うちの劇団でもよくやっていますが、これをやると、「この子は想像力があるな」とすぐわかります。「1」「2」「3」……と音の高低だけで人物を分ける人はダメで、そうじゃなく、間の取り方やしゃべり方にまで変化をつけられる人は「才能がある」と思うわけです。

今、一つの番組の中でも、いろんな役をできる人が求められています。もちろん音程だけではなく、芝居もしゃべり方もテンポも変えないといけない。人物が違うことを意識して、どう自分の中で育てていくか……これが難しいんです。
『サザエさん』でも最近はほかの役を兼任することは少なくなりましたが、昔は一人で3~4役やることもありました。イクラちゃんを演じている声優さんがカオリちゃん、リカちゃんも演じる、とかね。OAを聴くと、同じ人だと思えませんからね。まぁでも、マスオさんとジャムおじさんが一緒に出てくるシーンがなくて良かった。もしあったら……ちょっと困りますね(笑)。

夢は大きく
「日本一売れる声優」を目指して

東日本大震災のときのこと。巨大な津波が街を襲い、お母さんとつないでいた手を離してしまった子供が波にのまれるとき、「アンパンマン、助けて!」と叫んだそうです。「お父さん、お母さん」ではなく、「アンパンマン」だったのです。その話を聞いて、『それいけ! アンパンマン』の声優たちはみんなスタジオで泣きました。自分たちは子供たちにとってそれほど思い入れの強いアニメを作っているんだ、声優の仕事とは大変意義のあることなんだと強く思いました。
アンパンマンの生みの親・やなせたかし先生は、とても偉大で優しい方でした。先生が亡くなる3カ月前、私の77歳の誕生日に、先生は7本の鰹節をくださいました。僕は昔からおみそを作っていて、以前「おみそに鰹節を入れておくとおいしくなる」という話をしたからだと思います。この鰹節は「増岡ちゃん、ジャムおじさんは決して派手じゃないけど、これからもいい味を出してね。アンパンマンやみんなを助けてね」という先生流のメッセージだと思いました。

これから声優を目指す皆さんも、僕の『サザエさん』や『アンパンマン』のような素晴らしい作品に巡り合ってほしいと思います。今後、皆さんと同世代の若い漫画家、アニメーターたちがどんどんいい作品を作り出していくでしょう。そのとき必要になるのは、古いベテラン声優ではなく、あなた方、若い声優なのです。新しい優れたクリエイターの人たちと一緒に、新しい作品を作っていってほしいです。

また、声優は独自性を打ち出すことも大事です。「あの人、面白いね」と言われるようなユニークな発想をもち、「こういうことをやりましょう」と自ら企画を出して番組を一緒に作っていくとか……そういう声優になれば、売れると思いますよ。やはり声優になるんだったら、夢は大きく「日本一売れる声優」を目指してほしいです。

(2014年インタビュー)