【声優道】平野 文さん「演技の生理を身に付けること」

今の自分だからこそ
演じられるような役をやりたい

2012年に、『つり球』というアニメでついにおばあちゃんデビューができました。これがもう楽しいこと! 最初はばあちゃんなんだからとちょっと低めの声で演じたんですが、「もっと高い声でいいです」「フランス人という設定なので、かっこいいばあちゃんで」というリクエストをいただきました。続いて、韓流ドラマもデビューできたんです。それも超イジワルな母ちゃん役! 心底意地悪いセリフを思いっきり演じたもので、心配になって「ちょっと意地悪すぎますか?」と聞いたら、監督さんから「いいですねぇ!」とOKをいただけたので、気持ち良く演じてます(笑)。こういう役は、自分が年齢を重ねてきたからこそできる役だと思うんです。若いうちは「多分こんな感じだろうな」という想像で演じるしかないので、なんちゃってばあちゃんにしかなってなかったでしょう。だからこそ、今の自分だから演じられる役をこれからもやっていきたいですね。

私の演技には、築地に嫁いだことも大きく影響していると思います。実際に普段の言葉遣いも多少荒くなったし、しゃべるテンポも早くなったし、ときにはたんかを切ることもあるので、そういう役も演じられるようになりました。築地は男社会といいましたが、女性を非常に大事にしてくれるので、中にいるとすごく優しくなれるんです。意地悪な役を演じるときには、その逆をやればいいんですから、築地で暮らしているお陰で演技に幅が出てきたように思います。

ただ怖いことに、歳を重ねるほど、その人の性格や日々の暮らしぶりが声に出るようになってしまうんですね。見た目ならメイクや衣装でごまかすこともできますが、声はそういうわけにいきません。ですから、あまり荒れた生活にならないよう、無意識のうちに注意しています。やっぱりラムちゃんを演じた頃とかけ離れた声になっては、原作の高橋留美子先生や作品を愛してくださるファンの方、そしてなによりラムちゃん自身に対する裏切りですから。それが演じた者の責任ですね。

2010年に、『声の魔力 幸せになれる声レッスン』という本を出しました。これは声優になりたい人向けというわけではなくて、普段の暮らしのなかで声がステキに出せる、企画をプレゼンするときや上司に話しかけるときなどにステキな声で話してみたいという人のための内容です。本の中にツイッターのURL(@hiranofumi)が書いてあって、内容に関する質問はいつでも受け付けていますので、興味のある方、ステキな声を出したい、声に自信をもって生活したいという方は手に取ってみてください。

声だけですべてを表現するからこそ
大事な演技の生理

最近の若手声優さんを見ていると、演技の生理をどこまでわかっているのかなと思うときがあります。声優は、マイクから声を外しちゃいけないから、直立不動で演技をしますよね。実写ドラマだったら走っているときは走っているアクションができるけれど、声優は走っているときの声、食べているときの声、泣いているときの声、どんなときでも常に直立不動の姿勢で出さなくてはいけないんです。だから、たとえば、走りながらしゃべるというのはどういうことなのか、自分の頭と体でわかっていないと、それはできないんです。普通の役者よりもよりいっそう、演技の生理をわかっていないとダメなんじゃないでしょうか。私自身も声優デビューした当初は、先輩方から「わかってないなあ」。そう思われていたことでしょうね。

声優になりたいと思う人のうち、アニメが好きという人も多いと思います。でも、いくら好きなアニメのセリフでも、まねはしないほうがいい。私はそう思います。そういう人が声優になって、まねで身に付けた演技をすると、それを見た人がさらにそれをまねる。それが続いていくと「こういうキャラはこういう声でないとダメ」などというような固定概念ができてしまうように思うんです。声優になりたいからといって、アニメそのものに詳しくなる必要は、私はないと思ってます。それよりも、演技の生理をわかったうえでマイクの前に立つ、こちらのほうがずっと大事でしょう。

そういう演技の生理を身に付けるためには、とにかく、どんなことにも挑戦してみることです。そして、商業演劇でもアングラでも歌舞伎でも、とにかくたくさんの芝居を観ること、芝居に限らず、あらゆる芸能・芸術に接してみることでしょうね。洋画のアフレコをするとき、画面に映っているのがアメリカ人だったら、アメリカ人がどんな場面でどんなリアクションをするのかわかっていないとセンスある演技はできないと思います。そのためには実際にアメリカに行ってみることも必要。「こんなセリフだったらこんな感じだろう」とすべてイメージだけで演じてしまっては、おそらく、画面と声にギャップが出てきてしまうのではないかな。

役者にとってのお金は貯めるものではなく
芸のために使うもの

ただ、私がこう言っても、若い人にはなかなか通じないかもしれません。事実私自身も、児童劇団で言われたこと、声優デビュー当時に言われたことなどは、そのときは「何だそんなこと」と思って聞き流していたのに、今になってみれば「ああ、あれはこういうことだったのか」と納得することがたくさんありますから。

それからもう一つ。児童劇団時代から、「芝居を観るなら金を払って観ろ」とよく言われました。自分でお金を払って鑑賞するというのはとても大事なことなんです。招待券やサンプルビデオで観るのと違ってちゃんと身になるのです。自腹を切っていれば無意識のうちに元を取ろうとして真剣に観るでしょう。役者にとってのお金は、貯めるものではなくて芸のために使うもの。私はそう思います。

私も児童劇団時代から長いことピアノ、バレエ、日舞などさまざまなお稽古事を経験して、そのときは「何の役に立つんだろうな」と思っていたのに、後になって仕事に役立ったことがいくつもありました。もちろん、やってみたら自分に向いてないとわかってやめたものもあります。三味線はダメでしたね(笑)。右手と左手がまったく違う動作をするというのが、どうにもできなかったんです。同じような理由で、笛もダメですね。だから、築地の祭り囃子では太鼓を担当しています。大枚はたいて習ってみてもダメなことはありますが、挑戦してみなければ自分に向いていないこともわかりません。だからこそ、どんなことでも一度は挑戦してみる価値があるのではないでしょうか。結婚も、そうかもしれませんよ(笑)。

(2012年インタビュー)