【声優道】山口勝平さん「新時代の声優へ向けて」

何かに触れるたびに
心を動かすことを忘れないでいてほしい

今は世の中が便利になって、インターネットで家にいながら何でも調べられるようになりました。テレビのバラエティ番組では、ちゃんと聞いていればわかるだろうということまでテロップで表示されたりしますし、ドラマにしろ映画にしろ、視聴者に対するサービスなのかもしれませんがすごく説明的になっているなと感じるんです。一度調べたことでも、またすぐに調べられると思えば覚えようとしないし、全部説明されてしまえば自分の頭で考える必要もありません。そういうのって、どうかなと思うんです。昔のドラマや演劇って、もっと観た人が考えるのりしろが大きく作ってあった気がします。漠然と観るだけでなく、考えながら観てほしいという想いがこもっていたんじゃないでしょうか。そういうのりしろの部分って、観る人によって解釈が違ってきたりするんですが、どれか正解というわけでなく、そこから何かを感じて自由に解釈していいと思うんです。特に役者を志す人だったら、何かに触れて心を動かすという作業を忘れないでいてほしいなと思いますね。

舞台をやっていて面白いのは、同じ台本を読んでいても人によって解釈が変わってくること。長く役者を続けている人の読みの深さに感心させられることもあれば、まだ若い役者のひらめきや斬新な発想に驚かされることもあるし、自分と違う解釈に触れるほど刺激になりますね。舞台の稽古場って、そういう刺激の繰り返しなんです。

若い人のお芝居を観ていると、もっと心を動かしたらいいのにと思うことがありますね。演劇っていうのは決めごとで成り立っているので、話の流れや段取りは守っていかなきゃならない大事なことなんですが、段取りをしっかり守っていくことが芝居じゃないんです。舞台という現実を模したうその空間に、自分がどう存在していくのかを考えるほうが楽しいし、ひょっとしたら演技が上達するための近道かもしれません。こんな偉そうなことをいっていますが、僕自身もまだわからなくて模索中です。

演技以外の付加価値が求められる
新時代の声優に向けて……

演技って、デフォルメとリアルという相反する要素を兼ね備えていなきゃならないものだと思うんです。そのときの役に合わせて、デフォルメとリアルをどのくらいの割合で出していくか、そこが役者自身のセンスの見せどころですし、僕がいつも悩むところなんです。ただ、究極のリアルさやナチュラルさというのは、デフォルメを極めた先にしかないんじゃないかとは思っています。デフォルメができない人が見せるリアルは、演技じゃなくてただの素ですね。僕は日本の喜劇王と呼ばれた榎本健一さんが大好きで、エノケンさんのようなデフォルメを極めたコミカルな動きやセリフ回しで観客を楽しませる役者になりたいと思っているんです。でも、ただそこにいるだけで存在感を醸し出すような、演技かどうかも判別がつかないベテランの役者さんのたたずまいを見せられると、そういう究極のリアルさを出せるほうが役者として優れているんじゃないかと思ってしまったりもするんです。

多分、どちらが優れているということはないんでしょうけれど、役者としての経験を積むほど、そういう迷いが増えてきました。若いうちのほうができることが少なかった分、迷いも少なかったんですが、いろいろ悩むことは増えてきても、歳を重ねていくことは悪くないなと感じるんです。若い頃の自分の演技を改めて見てみると、一生懸命にやっていてかわいいなぁとは思いますが、それでも僕はいろいろ悩んで模索している今の自分のほうが断然好きですね。

今は、芝居をやっていたら声の仕事が回ってきたというような僕らの時代とは違いますから、これから声優を目指そうという人は大変だろうと思います。芝居だけじゃなくて歌も歌えなくちゃいけないし、タレント的な活動が増えた分だけ容姿も要求されるようになったし、演技以外の付加価値がないと世に出てこられないようになったんじゃないでしょうか。そのなかで生き残っていくには、自分がどっちに向かいたいのか、どんなふうになりたいのかという、5年後、10年後のビジョンを明確にもっていることが必要だと思います。声優にも流行が求められているので、同じようなタイプが一時期にどっとデビューしてくるわけですが、そこからどう生き残るかのポイントって個性しかないと思うんです。どんな場所でどうやって個性を発揮するかはその人によって違うし、自分であがくしかないんです。生き残るコツがあるんだったら僕が教えてほしいくらいです(笑)。これから声優を目指すという人にも、僕は応援することしかできません。でも、自分を信じて一歩ずつ進んでこられた人だけが残っていけるんだと、僕は信じています。

一つだけ言えるのは、芝居は人と人とで作り上げるものですから、いつも真摯な態度で臨むこと。共演者だけでなく、作品を作っているスタッフ、仕事を通して出会った人、周囲の環境など、自分を育んでくれるすべてのものに対する感謝の気持ち、「ありがとう」「ごめんなさい」という言葉を忘れないでいること。それは声優業界だけでなく、どんな仕事であっても大切にしなければならないことだと思います。

若いっていうのは、何につけすごくいいことなんですよ。可能性だけは無限にあるんですから。僕の年代になると体力も衰えてくるし、10年後にどうなりたいかというより、自分の理想とする芝居をあと何本できるだろうか、みたいに残り時間を考えるようになるんです。ただ、若いころは芝居さえできればいいと思っていたのに、今は芝居である程度の収入を得るようになったら、あれもしたい、これも欲しいみたいにいろいろと欲が出てきちゃってます。それがまた、ある程度の歳になって、何がなくなっても最後に芝居が残るならいいや、とにかく役者でいられればどうなってもいいやと思えるようになるんでしょうね。そういう意味では、歳をとると若い頃に帰っていくのかもしれません。

(2012年インタビュー)