演技の感覚は教えようと思っても教えられない
「毎年たくさんの声優さんがデビューするなかで、ずっと第一線で活躍する秘訣は?」みたいな質問をされることがあります。「企業秘密です♪」と言いたいところなんですが、それほど大した秘密があるわけじゃないんです。僕なりに気を付けているのは、いつも5年先、10年先を考えることですね。今できることが10年先も同じようにできるわけじゃないんです。
たとえば僕が『サイボーグ009』の島村ジョーを演じたのは20代の頃でしたが、「40歳になったときに、ジョーは演じられないな」と思いました。もちろん、演じようと思えばできないことはないでしょうけれど、20代の未熟さがキャラクターの魅力と合致したジョーに比べたら、40歳になって芝居が安定したジョーでは魅力が半減してしまうと思うんです。それで30歳になった頃から「10年後にはこうなっていたい。こんな役を演じたい」という目標をもつようになったんです。
目標がはっきりしていれば、そのための準備ができますよね。お父さん役を演じてみたいと思ったら、現実のお父さんをよく見てみたり、ほかの方が演じるお父さんの演技をよく聴いてみたりして研究する。それで、アニメ作品のガヤなどを録るときに試してみたりもしますね。
昔のアニメと今のアニメでは表現の大きさが違ってきているんです。そういう感覚は、常にもっていないといけませんね。テレビドラマの俳優さんがいきなり舞台に立つと、何も演技してないように見えてしまうんです。それは、テレビドラマの演技と舞台演技では、表現の大きさが違うから。同じ舞台でも、50人のお客様に対しての演技と、500人のお客様に対しての演技では、表現の大きさが違ってきます。いちばん後ろのお客様にまで伝わるようにしようと思ったら、500人のお客様に対しての演技のほうが表現を大きくしなくちゃいけない。役の気持ちは変わらないんだけど、表現の大きさだけが変わる。
最近のアニメは技術が進歩したお陰で、ちょっとした感情の変化などを絵だけで表現できるようになったので、演技にもテレビドラマのような、よりリアルなサイズが求められるようになってきました。
また同じ作品内でも、メインキャラクターと脇役では、演技のサイズが違うんです。視聴者が見ているのは、基本的にメインキャラクターなんです。メインに比べたら脇役は出番が少ないんですが、その少ないシーンのなかでメインキャラクターに何かしらの影響を与えていかなければならないんです。何の影響も与えられないのでは、いる意味がないキャラクターになっちゃう。そうすると必然的に、メインよりも脇役のほうが演技のサイズが大きくなります。
これは頭でわかっていても、実際にやろうとするとけっこう難しいんです。自分の経験の中からつかんでいくしかないんです。でも、いつも同じサイズのお芝居をしていると、同じポジションの役しかできなくなってしまう。僕も今では声優を目指す人を教える立場になりましたが、伝えようと思ってもなかなか伝えられるものではありませんね。
声優の世界はみんな優しい人ばかり
つい最近までは、僕が知っていることを全部教えようとしていたんです。限られた時間の中でできるだけ多くのことを伝えようとしていたので、以前の生徒さんにはかなり厳しく当たったりもしました。でも、演技というのはかなり感覚的にデリケートなものだし、最終的には自分で経験してつかんでいくしかないものなんです。今は、繊細な自分らしさを表現する、自分なりのお芝居を見つける、そのためのお手伝いができればいいなという気持ちで教えています。「自分ならではの芝居」と口で言うのは簡単ですが、見つかるまでには20年、30年という長い時間がかかるものなんです。そのための最初のとっかかりになれたらいいですね。もちろん、教える内容は基本的に変わってないんですけれど、よりわかりやすく、伝わりやすく教えたいじゃないですか。そういう意味では、僕も講師として少しずつ成長してきているのかなと思います。
声優を目指す人にいちばん大切にしてほしいのは、他人を思いやる気持ちですね。自分がこういう言動をしたら、相手はどう思うのか、そういう想像力は実生活でも大切だし、演技するうえでも絶対に必要なことなんです。思いやりがある人は、役の気持ちもよく理解できるはずだし、実生活でも愛される人になれるでしょう。同じ実力の役者がいたら、「この人と一緒にもの作りがしたい」と思えるような人のほうを選びますよね。やっぱり愛される人間じゃないと、つかみかけた運が逃げていくと思います。ふと考えてみると、声優の世界は性格のいい人が多いんですよ。僕などは短気なほうなんですが、ほとんどの人は理不尽なことを言われても怒らない。まず一呼吸置いて、相手を傷つけないようにクッションを置いた言い回しで、自分の意見を言う人が多いですね。僕から見ると、みんな大人だなぁ、人間ができてるなぁと思います。
あと声優に憧れる人のなかには、主役を演じて人気が出たり、イベントなどでキャーキャー言われるような華やかな面だけを見ている人がいますが、基本的にお芝居っていうのは決して派手なものじゃなくて、地味な作業の積み重ねなんです。スポットの当たらない部分で粘り強く努力ができること。努力を重ねていけるだけの気持ちの強さと体をもつこと。これも声優にとって大切なことだと思います。他人を思いやる気持ちをもった愛される人になること、努力ができること、この2つがそろっていたら、声優という世界だけではなく、どんな社会でも報われるんじゃないでしょうか。
(2011年インタビュー)