【声優道】松本保典さん「目指すのはあくまで『表現者』」

番組収録よりずっと長かった先輩との飲み会

アニメ『マンガ日本経済入門』で初レギュラーを経験した僕は、その後、あるオーディションに受かって仕事がつながっていきました。それが、初めてTVシリーズで主役をやった作品『超音戦士ボーグマン』でした。劇団でも主役なんてやったことがなかったし、芝居にもまだ自信がなかったので、決まったときは「え、俺でいいの?」と期待よりも不安のほうが大きかったですね。

共演している先輩からは「おまえが番組の座長なんだから、もっとグイグイ引っ張っていかないと」なんて言われましたが、なかなかそういう気持ちにはなれなかったです。今のアニメの現場は同世代の若い人たちで構成されていることが多いけど、僕らの頃はメインを若手がやっても、周りはベテランの方がほとんど。自分なんていちばんペーペーの下っ端だから、座長と言われてもしっくりこなくて(苦笑)。それでも先輩から「お前について行くんだから、堂々としてろ」と言われて、「そういうものなんだな」と。それで少しずつ覚悟が決まってきました。少しずつですが。

収録現場では先輩から一方的に何かを言われるだけではなく、よく相談もしてました。収録後の飲み会でも……というか、むしろ飲み会のほうが長かったですね。収録の合間にある大先輩から「松、この後空いてるか?」と聞かれて「空いてます」と答えると、「じゃ、ちょっと行くか?」って昼間の3時頃から誘われて、そのまま午前3時まで12時間もサシで飲んじゃったり(笑)。僕も嫌いじゃないので、「今からですか?」って言いながら、ホイホイついて行ったりして。まぁ、そういう時代だったということもありますけど。今は同世代同士の現場が多いから、先輩・後輩の付き合いも少ないかもしれませんね。

そんな場で先輩方から聞けるお話は、演技論から武勇伝まで、激しくも本当に楽しかったです。自分からも「今日、どうですか?」なんて、よく先輩方にお声がけしてましたね。僕らがスタジオのロビーにいると、急にスタジオの扉から先輩が顔を出して、手で「7」の字を作って「今日これでな」って言うんです。そしてそれを受けてお店の予約をする。そう、「7」というのは「7人予約」という意味なんです。そういうことが当たり前でした。

番組の打ち上げ旅行にもよく行きました。当然、僕たち新人はお金がないので、前もって積み立てをするんですよ。当時は1年や2年続く番組がまだまだあったので、毎週500円ずつ積み立てていくと、終わる頃には僕らでも旅行できるくらいには貯まるんです。その集金係をやるのも、僕たち新人の役目でした。僕と年の近い山寺(宏一)くんや関(俊彦)くんとか、その頃新人だった人は、みんなやってるんじゃないかな。あの頃は番組のメンバー同士でどこかに行こうとか、何か遊びのイベントをやろうとか、そういう〝番組のチーム感〟みたいなものがあったような気がします。

2大国民的アニメ『サザエさん』『ドラえもん』に出演

今から15年ほど前、アニメ『サザエさん』のノリスケ役をやらせていただくことになりました。『サザエさん』は僕が小学4年生の頃に始まった番組ですから、〝すごいベテランの方たちがいる現場〟というイメージが強かったです。オーディションのときも、僕よりはるかにキャリアのある方たちが受けていらして「こりゃ、(合格は)ないな」と思いました。すると数日後、劇団の大阪公演をやっているときに事務所から電話があって、「先日受けていただいた『サザエさん』のオーディションなんですけど……」「ああ当然ダメでしたよね」と僕。そうしたら「受かったよ」と言われて、「えーっ!」って。

それが42歳のとき。ほかのスタジオでは最年長だったりしましたけど、『サザエさん』の現場では男優でいちばん年下でした。いろんな人から「『サザエさん』の現場は厳しいぞ」なんて聞かされていましたが、あれはうわさが独り歩きしていたんでしょうね。実際はそんなこともなくて、波平役の永井一郎さんや、マスオさん役の増岡弘さんは面識がありましたし、皆さん、温かく迎えてくれました。

『サザエさん』のマスオの声が近石真介さんから増岡弘さんに変わったとき、「マスオさんの声が変わった」と僕の中では少し違和感があったんです。なので、自分がノリスケをやることになって、今まで観ていた人がどう感じるんだろう?と気になりましたね。僕の前にノリスケをやっていた荒川太朗さんとは友達同士でしたが、彼から継承するにしても、何をどう継承するのかわからないし、何だかフワフワして自分でも定まらなかった。それで「もう自分のできることをとにかくやるのみ!」と開き直ったんです。

もう一つ、10年ほど前から『ドラえもん』の〝のび太のパパ〟もやらせていただいています。この作品はキャストが総入れ替えになったこともあり、前任者のことは考えず、ただ〝お父さん〟という部分を大事に演じています。どう演じたって、キャストが変わると違和感をもたれちゃう。だったら自分の側に寄せていこうと。『サザエさん』のときにそういう考え方になっていたし、『ドラえもん』のときにはある程度覚悟を決めてやってましたね。

僕はそれまで、どちらかといえばヒーロー役として悪と戦ったり、SFやファンタジー的な作品が多かったのですが、ノリスケさんはごくごく普通に日常を生きているキャラクターなので、演じていて考えさせられることが多いです。普通の日常をちょっと面白い側にシフトさせていくにはどうしたらいいんだろう?って。『サザエさん』の現場では皆さんが軽々とそういうふうにやってらっしゃるので、すごいと思いますね。日常を演じていくなかでどうやってそれをエンターテインメントとして見せていくのか?という部分では、『サザエさん』という作品は本当に考えられているし、だからこそ、長い間続いているのだと思います。