【声優道】日髙のり子さん「『タッチ』で学んだ、キャラクターの感情の奥を考えること」

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アニメや吹き替えといった枠にとどまらず、アーティスト活動やテレビ出演など活躍の場を広げ、今や人気の職業となっている「声優」。そんな声優文化・アニメ文化の礎を築き、次世代の声優たちを導いてきたレジェンド声優たちの貴重なアフレコ秘話、共演者とのエピソードなど、ここでしか聞けない貴重なお話が満載。

それぞれが“声優”という仕事を始めたキッカケとは……。

声優ファン・声優志望者だけでなく、社会に出る前の若者、また社会人として日々奮闘するすべての人へのメッセージとなるインタビューは必見です。

『タッチ』で学んだ、キャラクターの感情の奥を考えること

▼アイドル、タレントを経て「演技の世界」に戻れた!?
▼出世作『タッチ』の現場は、緊張とプレッシャーの連続……
▼子供の頃を思い出して演じた『となりのトトロ』
▼『ピーターパンの冒険』『ふしぎの海のナディア』で男の子役にチャレンジ
▼三ツ矢雄二さんや吉田理保子さん…… 大先輩にたくさんしごかれました
▼心が変わると声の聞こえ方が変わる 心と声が直結しているタイプなんです
▼いろんな演技パターンを貯金しておくことがマイク前に立ったときに役に立つ

日髙のり子さん

【プロフィール】
日髙のり子(ひだかのりこ)
5月31日生まれ。コンビネーション所属。主な出演作は、アニメ『タッチ』(浅倉南)、『となりのトトロ』(草壁サツキ)、『トップをねらえ!』(タカヤノリコ)、『らんま1/2』(天道あかね)、『PSYCHO-PASS サイコパス』(ドミネーター)、『名探偵コナン』(世良真純)、『HUNTER×HUNTER』(シャルナーク)、『エリアの騎士』(一色妙子)ほか多数。

アイドル、タレントを経て「演技の世界」に戻れた!?

私・日髙のり子といえば、「アイドル歌手から声優になった」というイメージが強いかと思いますが、実はお芝居のほうが先なんです。小学生の頃から児童劇団に入ってお芝居の勉強をして、お仕事もいただいていました。私が高2の頃、アニメ『ふたごのモンチッチ』の主題歌を歌うお仕事をさせていただいたのですが、そのときのレコード会社の担当だった方がアイドルセクションに異動されて、「アイドルでデビューしない?」って誘われたんです。「私は女優を目指しているので……」と一度はお断りしたんですけど、「先にアイドルでデビューして名前を知ってもらったほうがいいんじゃない?」と言われて、自分でも「そうか」と思ってデビューしました。

アイドルとして歌を歌うお仕事を始めて、さらにラジオのDJやTVのリポーターなどタレント的なお仕事もするようになりました。でも私の中ではずっと「セリフをしゃべりたい」という気持ちがあったんです。「私は女優になりたかったのに、歌をやってタレントをやって、なかなか演技に戻れない。どうしよう」と思っていたときに、たまたま私が担当していたラジオ番組のリスナーの方から「日髙さんの声は特徴があるから声優に向いているのでは?」と言われました。それで「声優になればセリフがしゃべれるんだ」と思ったのが、声優を意識した最初でした。

声優としては『超時空騎団サザンクロス』でデビューして、続いて『よろしくメカドック』に出演しました。自分としては「やっと演技の世界に戻れた」って感じでしたね(笑)。共演者の方たちから「上手だね。よく口が合うね」なんて言われて、「私、向いてるのかな」と気を良くしていました。児童劇団の頃、東映の特撮番組でアフレコをやった経験があるので、それが多少役に立ったのかもしれませんね。

そして『よろしくメカドック』の現場で「今度、こういうオーディションがあるから受けてね」と言われて受けたのが『タッチ』でした。

出世作『タッチ』の現場は、緊張とプレッシャーの連続……

『タッチ』のオーディションに受かって、ヒロイン・浅倉南役に決まりました。どうして私が選ばれたのか? 20年くらいたったとき、杉井ギサブロー監督に聞いてみたら、「声質が南ちゃんのイメージに近かったこと。声優としてのキャリアが少なく、しゃべり方が声優っぽくなかったこと」って言われました。ともかく、この作品で初の大役をいただいたわけですが、大喜びしたのは記者発表のときまで(笑)。現場に入ったら、緊張とプレッシャーの連続でした。

それまではセリフがそんなに多い役じゃなかったので、ゆとりをもってセリフの準備をしてアフレコに臨んでいましたが、『タッチ』はほぼしゃべっているんですよね。まずそのことに緊張しました。しかもセリフに間がたくさんあって、表現が難しいんです。たとえば、「たっちゃん」というセリフが3つあると、音響監督さんから「わかってるよね。この3つは全部言い方を変えてね」って言われるんです。そこで正直に「わかりません」と言えたら良かったんだけど、私はクセですぐ「はい」って言っちゃって、後で苦しんでいました(苦笑)。

このときは、主役の三ツ矢雄二さんをはじめ、難波圭一さん、井上和彦さん、中尾隆聖さんという、そうそうたるキャストの皆さんの中に私一人が入っていて、私だけがうまくできなかったんですよ。ほかの皆さんのセリフはスムーズに進行するのに、私が一言しゃべるとフィルムが止まるんです。見ると、音響監督さんら首脳陣が何やら話し込んでいる。「うわ~!!」って思いましたね。今の現場はデジタルですけど、当時は映写機でフィルムを回していたので、1回止めると戻すのにすごく手間がかかるんです。私がキャストに加わったことでどれだけ皆さんに迷惑をかけているか、肌で感じてしまって、プレッシャーに押し潰されそうになりました。

ほかのキャストの皆さんが帰られた後で、よく私だけ残ってアフレコをやっていました。「たっちゃん」というセリフを何度言ってもOKが出なくて。何度も繰り返しているとわけがわからなくなって、泣きそうになって「たっちゃん」と言ったらOKが出ました。後々三ツ矢さんに話したら、そのときの南の感情と追い詰められて泣きそうになった私の感情がリンクしたんじゃないかって言われました。

三ツ矢さんと私のシーンを録っていたとき、私がダメでなかなかOKが出なくて、三ツ矢さんから「もっとたっちゃんを愛して!」って怒られたこともありました。そのとき三ツ矢さん自身は最初のテイクがいちばん良かったのに、私のせいでOKにならない……そういうストレスがたまっていたみたいです。三ツ矢さんにはご迷惑をかけましたし、大変お世話になりました。

でも今振り返ってみると、『タッチ』は声優・日髙のり子の土台作りになった作品だと思います。とにかく感情表現がすごく難しい作品でした。本当はこう思っているのに言えなくて、「たっちゃん」という一言に気持ちを込めないといけない。悩みましたね。いつも「考えろ、考えろ」って言われて、眉間が痛くなるくらい考えました。台本の行間を読んだり、キャラクターの感情の奥まで考えて演技をする――そういうやり方を、『タッチ』に出演した2年間で勉強させてもらいました。