『らんま1/2』と『犬夜叉』が
自分の成長を測る物差しになった
役者としての大きな分岐点になったのは、やはり『らんま1/2』ですね。あの作品との出合いがなければ、声優としての僕は存在しなかったと思います。アニメの録音監督をしていた斯波重治さんが、たまたま僕が出演していた舞台を見て、声をかけてくださったんです。最初に受かったのは『魔女の宅急便』のオーディションでした。でも、『魔女宅』はオーディションから収録までが半年くらい開いていたので、その間に『らんま1/2』のオーディションに受かって収録が始まりました。『らんま1/2』は途中にちょっとお休み期間を置いて3年半くらい続いたんですが、第1話と最終話ではずいぶん演技が変わっちゃっていますね。最初はまだ声優としての声も出来上がっていなくて、ただ喜怒哀楽だけを素直に表現しようとしていたような気がします。自分が声優に向いているかどうかもわからず、とにかくもっているものをすべてぶつけるだけだったんですが、それが少しずつ経験として積み重なって、声優としての自分が出来上がっていきました。だから『らんま1/2』を見ていると、僕の歴史というか、そのときどんなことを考えて何をしていたのかが全部わかるんですよ。成長記録みたいなものですね。
原作の高橋留美子先生に初めてお会いしたのは、『らんま1/2』の放映が終了した後の打ち上げパーティーでした。そのとき初めてご挨拶したら、「乱馬らしい乱馬くんをありがとう」とおっしゃってくださったんです。何よりも印象に残ったのは、留美子先生が挙げた好きな乱馬のセリフが「それは俺のタクアンだ」だったことですね。ほかにもたくさんかっこいい決めゼリフがあるにも関わらず、乱馬と親父が食事のことでケンカしているシーンを観て、「あ、乱馬がしゃべってる」と感じてくれたそうなんです。声優冥利に尽きる褒め言葉だと思いました。
その後、同じ高橋留美子先生原作の『犬夜叉』でも主人公を演じさせていただくことになるんですけど、僕自身すでに『らんま1/2』で主人公を演じているので、犬夜叉役はないだろうと思っていたんです。それでも『犬夜叉』は連載がスタートしたときから読んでいましたし、留美子先生ならではのコミカルさやホラーテイストを全部盛り込んだような作品世界が大好きだったので、オーディションを受けられるだけで幸せでした。留美子先生が、犬夜叉候補の一人として僕の名前を挙げてくださったみたいなんですが、制作サイドの考えもあって、自分の名前を言わずにセリフだけを読むという形でのオーディションになったんです。その結果、先生が犬夜叉の声だと選んでいただけたというのが、すごくうれしかったですね。
役者って、自分の成長を測る尺度がないんです。数学ならば難しい数式が解けるようになったとか、ダンスならば新しいステップができるようになったとか、それなりに上達の度合いが実感できるときもあるんでしょうけれど、芝居って自分が成長しているのか横ばいなのかそれとも落ちているのか、まったくわからない状態で続けていかなくちゃならないものなんです。でも僕は、高橋留美子先生という作家の作品に、声優としてのスタート時点から出演させていただけて、さらに10年以上たってからまた演じる機会がある。『らんま1/2』と『犬夜叉』が、成長を測る物差しになっている部分があるという意味でも、貴重な体験をさせていただいたなと思っています。
ルーティンワークでも
新鮮な気持ちを保ち続けたい
長く演じている役といえば『ONE PIECE』のウソップがありますが、何が困るってツッコミが多いんですよ。毎回毎回新鮮な演技というわけにはいかないし、定着させるためにある程度ルーティンワークにしなくちゃいけない部分もあるんですが、ツッコミのパターンがすでに出尽くしちゃってるんです。新しい演技が出てこないなんて、それこそ自分の感性が衰えちゃったんじゃないかと心配になるんですが、よく考えたら10年以上ツッコミをやっていればそりゃあパターンも出尽くしますよ(笑)。そういう開き直りから新しいパターンが生まれることもあるんですが、たとえルーティンワークであっても、自分の中でマンネリ化しないように新鮮な気分を保ち続けていかなければならないのが、大変といえば大変ですね。
『ONE PIECE』の現場は本当に一緒に過ごしている時間も長いし、ルフィ役の田中真弓さんをはじめ、けっこうやんちゃな方も多いので、何があっても大概のことでは驚かなくなりました(笑)。ただ、全員が恐ろしくプロフェッショナルなので、ただの馴れ合いで仲良さそうに見える現場じゃないんです。こと芝居についてはそれぞれが絶対に譲れないものをもっているので、常にしのぎの削り合いですね。先ほどのツッコミのことも含め、すでに自分のもっているものをすべてさらけ出していかないと対応できないほどの作品になっているので、演じていてすごく楽しいんです。役者もベテランになればなるほど勢いだけの芝居ができなくなるんですが、『ONE PIECE』をやっていると、最終的には芝居なんて勢いと熱なんだなと原点に立ち返ることも多いんです。
この後10年続いたらどうなるんでしょうね(笑)。僕らもどんどん歳をとっていきますし、楽しみでもあり、怖くもあります。でも登場人物の中でもウソップはかなり自由度の高いキャラクターですし、声のトーンも上から下まで全部使いますし、ギャグからシリアスまで全部突っ込めるんです。どんな役でも僕が演じるからには、多かれ少なかれ僕に似てる部分が出てきてしまうものですが、ウソップは自由度が高いだけに僕自身にいちばん似ているのかもしれませんね。
ただ、今までにいろいろな役を演じてきましたが、わりと出たとこ勝負で演じているので、役作りのコツっていうものが思いつかないんですよ。ですから、イベントなどで絵がない状態で演じるときなど、自分でやっておきながら「似てないな」と思うことさえあります(笑)。多分、そのキャラクターの絵を見て、そのキャラクターのセリフが書かれた台本を見ると、意識しなくても切り替えられるんですけどね。僕はそんなに器用なタイプでもないし、声の種類も使い分けられるほどたくさんあるわけじゃありません。だからこそ、無意識のうちに頑張って演じ分けようとしているのかもしれませんけれど、周囲の役者さんとのセリフのやりとりがあってこそ演じ分けられているというのも大きいと思います。