【声優道】置鮎龍太郎さん「コミュニケーション能力を磨く大切さ」

上京してプロになったものの 仕事がなかった苦悩の日々

上京していちばん大変だったのは、金銭面でした。食べていくのは本当に大変です。上京してきた頃、青山の「ルノアール」でバイトをしつつ、年上の従兄弟がいた設計関係の会社で雑用のバイトを並行してやってました。

これは地方に住んでいる皆さんに言っておきたいのですが……本当は、上京する前にバイトをしてお金を貯めておくのがいいと思いますよ。通っていた養成所は土日のみのレッスンだったので、平日にしっかりバイトをすれば十分貯金することができるんですね。でも僕はちゃんと貯められなくて(笑)、上京の際には多少親から援助してもらいました。援助してもらった分は……後で返したと思います、多分(笑)。

上京前は「上京さえしてしまえば、あとは何とかなる」と思っていたんです。でも、それはまったく甘い考えでした。上京してしばらくすると「もう辞めなきゃいけないのかな?」「自分は向いてないのかな?」って思ってしまうくらい仕事がなくて……。同期が多かったので、仕事をしている人もいれば、してない人も。仕事がなくて事務所にも顔を出さなくなって、だんだんフェードアウトしていく人もいましたね。もっとも本人と事務所との相性もありますから、別の事務所に移って芽が出る人もいますよ。僕はたまたま青二プロとご縁があったというだけですね。

アニメで最初にいただいた仕事は、古谷徹さん主演の『ドラゴンクエスト』です。これに一度だけ出演させてもらいました。それから『まじかる☆タルるートくん』、『ゲッターロボ號』など、青二プロがキャスティング協力を行っていた東映動画(※3)さんの作品にたくさん出演しました。それと並行する時期にいくつかのオーディションを受けては落ち、受けては落ちを繰り返してました。

そして、同時にいくつもの作品の音響製作をしていた、とある会社のオーディション。その一つに引っかかったのが『新世紀サイバーフォーミュラ』という作品でした。ここで初めて〝フランツ・ハイネル〟という名前のある役をいただいて、1年間出演しました。僕にとっては最初のレギュラー作品。出番こそ多くはありませんでしたが、TVシリーズ後も何年にもわたり続く長期作品に。この作品と出合ってなかったら、今の私はいなかったであろう、大切な作品です。

ところが、その『サイバーF』が終わって1年くらい、なかなかチャンスに恵まれなくて。まだ『サイバーF』のいろいろなシリーズが決まる前だったんですね。「どうしよう、どうしよう?」と焦りながら過ごしていました。

そんな頃に、サンライズさんの『勇者特急マイトガイン』、『疾風!アイアンリーガー』、『新機動戦記ガンダムW』といった作品に続けて出演できる機会が得られました。東映アニメの『SLAM DUNK』、『ママレード・ボーイ』、『地獄先生ぬ~べ~』なども同時期ですかね。その頃になってやっと、「声優としてやっていけるかな」という気持ちになりました。もちろん上京してすぐ「やっていかなきゃ」という気持ちでやってはいましたが、ずっと「やれるかな?」という不安な気持ちもありました。今でもそういう気持ちは残っていますけど、でも自分はこれ(声優)しか食べていく術がないですからね。

プライベートでいろいろありまして、並々ならぬ覚悟をもっていましたし、「もう退かない! この仕事(声優)で食べていくんだ」と腹を決めてやっていました。そういう覚悟があったから心が折れなかったし、クサらなかった。ダメ出しされても真摯に受け止め、前向きにいろんなことを考えられたのだと思います。

※3:東映動画・・・1948年に日本動画株式会社として設立された日本のアニメ制作会社。現・東映アニメーション

やはり何年たっても、努力や試行錯誤というものは必要

これまでたくさんの作品に出させていただきました。

僕がとくに印象に残っているのは、やっぱり初レギュラー作品の『サイバーF』。先輩の島田敏さんとコンビの役をやらせていただきましたが、このとき敏さんに、役のうえですごく引っ張ってもらった覚えがあります。そういうときの先輩の力ってすごいですよね。僕らは先輩方に恵まれ、先輩方から影響を受けて育ってきたのだと思います。

『SLAM DUNK』は作品自体の認知度がとても高く、しかも三井寿というわかりやすいキャラクターをやらせていただいたおかげで、若手同業者の方から「観てました」と言われることも多いです。ちょっと前に『SLAM DUNK』のブルーレイ発売記念イベントに出させてもらって、大きなスクリーンでお客さんと一緒に作品を観る機会がありました。そして先輩の草尾毅さん、西村知道さんたちと一緒に登壇し、安西先生と20年の時を経て、作品について話したりしました。20年後にそんなことができるとは思ってもいなかったので、ありがたいことです。

『地獄先生ぬ~べ~』は初主演で、鵺野鳴介役をやらせていただきました。アニメ放送から20年近くもたって、まさかの実写ドラマ化もされましたが、僕も一度だけドラマのナレーションに参加させてもらいました。続編の漫画連載も始まり、個人的にも応援しています。

ここ数年は、〝ごつい系〟の役を振られることが多いんですよ。アニメ『戦国BASARA弐』の豊臣秀吉役とか、『トリコ』のトリコ役とか。そういうムキムキマッチョの役を初めて任されたときは、「どうしてこの役を自分に?」と謎でした(笑)。そういう役に定評があるわけでもないのになぜだろ?と。

『BASARA』のゲーム収録の最初の頃はものすごく違和感があって「できてるのかなぁ?」と不安で……。でも「一生懸命やるしかない」と無理してやっていくんですね(笑)。最初の頃は意識しすぎていたんですよ。単なる思い込みで「大柄のムキムキの役だから、低音を出さなきゃいけない」と一生懸命やっていたんだけど、自分で聴いてみて「自然に聴こえないな」と。僕自身、年齢とともに低音に余裕が出るようになってきているから、もっと自然にやったほうがいいんじゃないかと。その後は、うまくコツをつかんで自然にマッチョ感を出せるようになりましたし、体に負担なく演じられるようにもなりました。

声優の仕事って、いつも自分が演じたい役を演じられるわけじゃないので、『BASARA』はよい機会だったと思います。絶対に自分から「やりたい」と言うような役じゃないですし(笑)、これはスタッフさんに、自分の新しい扉を発見していただいたのかなと思っています。

何年たっても努力や試行錯誤というものは必要ですよね。声優になって26年になりますが、いつも新鮮な気持ちで演じられるようにと心掛けています。あまり頭を固くせず、柔軟にしていることが大事なのかな。

これからやってみたい役はいっぱいありますよ。普段は絶対振られないおじいちゃん役なんかも、いつかぜひやってみたいですね。ごついおじいちゃんじゃなくて、かわいいおじいちゃん役を。まぁ、ごつくてもいいんですけど(笑)。今から10年、20年は実年齢を追い越して、老けた役もできたら面白いだろうなと思います。幅も広がりますしね。

BAR『Envelop』バーテンダー・亜夜芽【CV.諏訪彩花】