日々の生活に困り
役者を辞めることを考えた
実は、声優どころか役者という仕事を本気で辞めようと思ったこともありました。30代半ばの頃、仕事がなくなったときです。
それまでは約10年間、青二プロダクションに所属していて、すごく恵まれていました。レギュラーもたくさんもらって、収入もわりと安定していたんです。結婚して家を買って、車を買って、子供もいて、それでも生活が成り立っていました。ところが青二を辞めてから仕事が減って、レギュラーが1本もなくなってしまったんです。たまに仕事が来ることもありましたが、収入は主にアルバイトに頼っていて、子供の給食費にも困るようになってしまいました。役者になるときにあれだけ反対された親からも借金をしました。妻からは「たとえ少なくてもいいから、毎月決まった収入がある仕事に就いてほしい」とも言われました。それで、役者を辞めることを考えたんです。
かといって僕に何ができるかと考えたとき、何も思いつかなかったんです。もしかしたらどこかの会社に勤めることもできたかもしれませんが、年齢的にも中途半端だし、これといった経験もない。悩みに悩んで、何を食べても味がわからないまでになって、ものすごく痩せました。
そうしてると、だんだんおかしくなってくるんですね。景色や色も見えなくなってくる。目には入っているけど、感じてないんです。後から考えたら、音も聴こえていませんでした。誰かから声をかけられても、まったく届かないんです。景色はすべてグレーに染まっていて、頭の中で常に何かがガンガン鳴っているような状態でした。とにかく楽になりたくて、いちばん楽な方法として、死ぬことも考えました。
ある日、一人で部屋にこもっていたときに、ふと子供たちの笑い声が聞こえてきたんです。なぜか頭の中が熱くなるような感じがして、「このままじゃダメだ」と思いました。それで外に出てみたら、空がすごく青くて、白い雲が浮かんでいて、子供の頃に北海道で見た景色を思い出したんです。東京に出てきてこんなふうに景色を見たことがあっただろうかと思い、その風景の美しさに自然と涙が出ました。それで「もう一回、真剣に役者をやってみよう。それでダメならすっぱりと辞めよう」と思ったんです。
新たに生まれ変わったつもりでキートン山田に改名
改めて役者として踏み出すに当たって、生半可な気持ちでは再起できないと思いました。そこで考えたのが、改名です。
僕はそれまで本名の山田俊司でやっていましたが、結果的に仕事がなくなってアルバイトや借金で食いつなぐ生活になっていました。近所の人たちもそういう状態は知っていたわけで、気持ちだけでなく表向きも一新しないと、今までの自分を捨てて新たに踏み出すということをわかってもらえないかと思ったんです。
そして38歳のとき、キートン山田として生まれ変わりました。
ただ、仕事がなくなってつらい状態にあったことは、僕にとっての宝とも言うべき貴重な経験になったと思っています。あの経験がなかったら、そこそこの仕事を続けて何となく歳をとっていっただけで、今頃は消えていたんじゃないかな。あまりに強烈な経験なんで、もしかしたら聞いた人が引いてしまうかもしれないけれど、あの時期に経験したことはすべて勉強になりました。何一つ無駄になっていません。
改名してからは、演技スタイルも変わりました。周囲から何かを言われて演技を変えるのではなく、自分らしさを貫こう、キートン山田としての芸風を押し通そうと思ったんです。「キートン山田」という名前からは、まず誰も二枚目風の演技を想像しないと思いますが、そこも狙いでした。もともと、主役によく見られる二枚目ではなく、主人公を周囲で支える脇役の演技に引かれていたんです。もちろん二枚目の役が来たら引き受けましたが、やっていても「性に合わないな」と思っていました。
こう言うと、自分に近い役のほうが演じやすいのかと思われるかもしれませんが、そうではないんです。クールな悪役とか、アウトローの役とか、自分にないものをもっている役のほうが、演じていて面白いんですね。自分にはもっていないものを想像して、その役ならではの魅力を自分らしく表現するというところに惹かれるんです。主人公よりも脇役のほうが、そういった自分が表現したいものを出せる余地が多いので、演じていて楽しいと感じることが多いんでしょうね。